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 浩輝と隣に座って大学の授業を受けながらぼーっとしている。大学の授業は説明が長ったらしくて面白くないが、面白いものは面白く説明も面白いので面白い。

「それ、なんかのダジャレ?」

「いや、別に?」

「面白い多すぎるよ、ははっ」

「え、この授業はつまんないねってことだよ」

 私はあるところを一点に見つめながら、浩輝の質問を適当に受け流す。浩輝って呼ぶのも慣れたよな、とか俺は呼び方変えるつもりはないけど、とかただの独り言も混ざっている。

「まあ、寝てないだけましか」

「ちゃんと聞いてるし」

「どうした? ストレス溜まってんのか?」

 いつもは必死にとるノートも、今日は日付だけ書いてシャーペンもペンケースにしまってしまった。なんとしても書かないぞ、と自分の中で抵抗している。

「浩輝はなんかいいよね、それ」

 私は目をぱちくり瞬きして、視点を浩輝の手元に移した。

「アイパッドな」

 洒落たことをして、と心のなかでぶつくさと言いながら、デジタルで整えられた彼の所持品の小綺麗なのを一つ一つ品定めしていった。

「便利だぞ」

「お金かかるじゃん」

 そうだけど、と言ったきり浩輝は反論してこない。精密機材だから揃えるにはお金がかかる。一人暮らしの私にとってそれに近い額は渡されているが、どれも生活費で消える。バイトをしなければ。

「てゆか、さっきから何見てんの?」

「別に」

 あるところに視線を戻すと。また別の発見があった。私がぶっきらぼうに何度も突き放すから浩輝も意固地になったらしく、

「秋風さんの何がそんなに気になってんの?」

 今突かれたくない所を確実についてきて、私を少しむっとさせる。

「喧嘩したのか?」

「そういうんじゃないよ」

「なら、何だ? 嫉妬か? だめだだめ、お前じゃ秋風さんに勝てないよ」

「そういうんじゃない……って、何変なこと言ってんの」

「図星だな?」

 浩輝は揶揄うようにからからと乾いた笑いをした。私も声の圧が強くなって、意味のないところでエネルギーを消費してしまう。無駄にエネルギーを消費させて、私のイライラしているのをなんとか鎮めようと浩輝がもし思っているなら、そうなってしまいそうな自分と浩輝の優しさに私はムカッと来る。

「そういうんじゃない。ただ気になってることがあるだけ」

 私は三度否定の言葉を口にした。自分に思い聞かせるように。

 秋風木葉が大学に持ってきているので目立つのは、やはりパソコンだった。パソコンでノートを取る学生はそう少なくはないから、そう目立つものではないが、なぜ私の目を引くのかというとネットで本のベストセラーを何度も検索をかけているからだ。誰かのレビューを、特に評価の高いレビューを──そういうのは大抵長文であったりする──普段読む以上の長さで凝視している。まるで添削するみたいに、マウスでレビュワーの文章をなぞって青くさせる。

「そっか」

 と短い返答があった。それだけを返すには十分長い間だったけれど、浩輝は満足したようにそっかと言った。

 秋風浩の作品に行き着いた木葉ちゃんのパソコンの画面に私は途端に引きつけられる。

「どした?」

「なんでも」

 浩輝に勧められて何冊か買いはしたものの、まだ読み進められてはいない。活動は長く、人気があるだけにアンチも多い。勿論根強いファンも存在するが、やはり悪い印象というのは良い印象より引き立つものだと私は思う。現に木葉ちゃんは星一から三までのレビューを漁っていた。

 教授の説明が一度止まる。教授が喋っているのを風が吹いているのと同列に聞いていた私からすると何事か、と一瞬焦りが襲ってくる。誰かを指したらしい、その人は熱心に聞いていたのかすぐにさらさらと模範的な答えを述べた。教授が促して、教室に拍手が響く。私も隣の浩輝に倣い拍手をした。木葉ちゃんはしていなかった。

 もしかしたら、と私は一つの推論を浮かべた。

 木葉ちゃんは秋風浩の娘なのかもしれない。秋風浩はもう歳だし、大学生の娘がいてもおかしくはない。しかし、秋風諷真であった場合──それはないと言えた。あの人は男だし、本のあとがきも一人称が「僕」だった。年齢も大学卒業はしていたはずだ。はず、とか一人称でしか男と判断できないのは、未だ秋風諷真の正体がベールに包まれているからに他ならない。メディア露出を好む人じゃなかった・

 それはそれとして本当に木葉ちゃんが秋風浩の娘だったとしたら──私は結構アウトな発言をしていないだろうか? 刹那、背筋がスウっと冷えた。首筋に鋭い刃物をあてられているみたいに、首元の感覚が鋭くなった。

 秋風浩の娘なら、彼の娘という肩書きに目をつけた編集者がいてもおかしくはない。今や二世俳優だのなんだのいる時代に、二世作家がいても不思議じゃない。

 そう考えると、全ての辻褄が合うような気がしてきた。小説を出版することを持ちかけた編集者がいて、なんらかの状況が重なって木葉ちゃんは小説を執筆することになった。しかし彼女は小説を書いたことがなかった。なぜなら木葉ちゃんは、この前のサークルの集会の時に、「書いたことがないからわからない」と発言していたのを私は覚えている。

「話が飛躍しすぎか……」

 興奮した脳を冷やすように私は呟いた。ちょうど授業が終わる頃だった。およそ九十分間、私は人のパソコンをみつめていたことになる。それに気づくと、目が、頭が痛くなってきた。

「昼はどうする」

 浩輝が訊いてきた。目を閉じていた私は今の浩輝の顔を想像した。今の彼の声音はいつもどおりといった感じで、特に心配の色は浮かべていなかった。

「てきとーに。学食で済まそうよ」

「……わかった」

 今日初めて不満げな声を聞いた。サークルの時間になってテンションの高かった西宮先輩が言うには、大学近くの喫茶店で昼限定のメニューを出していたらしい。そこのデザートが絶品だったと。そういうところは姉弟らしいなと私は思うのだった。

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