5

 待ち合わせより早くついた。早くついた、というより着かざるを得なかったというか。まだ構内に何があって、どこに行けばいいのか、というのを把握出来ていない。それに、いい時間に着く電車がなかった。

 どこに居ればいいんだろう、そう思って先輩にラインする。構内マップを見て考えるのがめんどくさくなったわけではない。

〈桜の木が見えるところで待っててよ〉

〈そんなの、いっぱいありますよ! どこだかわからないです〉

〈そっか、新入生にはわからないか〉

 なら、出入り口にある木目のベンチで座って待ってて、見つけるから。と言われ、渋々従う。新入生にはわからない、の文字列を二度見する。何回確認してもあちら側には既読と表されるだけ。タンタンと怒りを込めて、爪を立て、そのメッセージをタップした。当然、何も起こらない。

 指定された場所は、木葉ちゃんと初めてあった場所だった。新入生としてソワソワとしながらも、大学という異質な空気が気持ちよく感じられた頃だ。

 あの時は、いや数日前のことだけれど、想像で補えない未知のことにワクワクしていた。確かに、ワクワクしていた。やがて時が経ち、現実味が増すと、あのような空気感では大学を見れなくなる。

 そんなことを考えると、昨日とあまり大差ないファッションの先輩がやってきた。

「おはよー」

「おはようございます」

「なんか、感傷に浸ってた? 一人暮らしだっけ」

 私が一人暮らしだと言うことは言ってないはずなのに、先輩は当ててくる。そう言うのが、なんか……。

「あれ、やっぱそうだったか」

 私の瞳は涙で濡れ始めていた。

「そんなことないですよ」

「一人暮らしが?」

「寂しくないってことです」

「そうか、そうか。そうだね。寂しくない。じゃあ今日はあそぼっか?」

「え? 今日はプロットを作る日じゃ?」

「いいの、いいの。慣れない環境に身を置くと、誰だってそうなるよ」

「そうなん、ですかね……」

 訳のわからない涙が体に溢れた。じゅくじゅくとした何かが体を覆って、私の心を窒息させようにしてくる。

 先輩が手を引いた。心に酸素が入ってくる。私は、今起きてることがなんなのかよくわからないし、何を起きているか理解する気もない。ただ、先輩に連れられて走ると、体の血液がうまく循環する気がした。

 先輩と大学を出て、電車に乗って、先輩が連れてきてくれたのはボーリング場だった。

「いっぱいですね」

 何かの大会が開かれているんじゃないかっていうぐらい人がわんさかといて、果たして同じ形式のユニフォームを着た大人が大会に参加していた。

「日曜日だもんねぇー」

「というか、なんでボーリングなんですか?」

「まあまあ、近かったからってことでいいじゃない」

 この後ポロッとこぼしたのは、「来月あたりのサークルの集まりでボーリング大会を開催する予定だから」だった。

 私は先輩の邪魔にならないようかつ先輩の後ろでエントリーシートみたいなやつを受付に出してシューズのサイズを選んだ。ボーリングなんて数えるぐらいしかしてこなかったので、下手な部類に入ると思う。先輩にそう言うと、「じゃあ2ゲームぐらいでいいいよね。疲れちゃうからさ」と言ってくれた。

「2ゲームって、短くないですか?」

 記憶と擦り合わせて、私はシューズを履いている先輩に訊いた。

「短いかな、うーん短いんじゃない? ま、この後もどこか行く予定があるって思っといてよ」

 疲れて欲しくないのは、そのためか、と思い私もシューズを履いた。どこか安心感のあるいつも履いている靴とは違う感触を慣らしながら、ボールを持つ。

「あ、私さ、このネイル……」

 派手目なネイルのせいで、指を入れると危ないと思った先輩が悲しそうに呟いた。ちなみに先輩の優しさか、投げる順番は私の方が先だった。

「なんかネイルプロテクションのボールありましたよ」

 さっきちらっと見かけた張り紙にそんなことが書いてあったのを思いだす。

「え、ほんと⁉︎ ありがとう」

 先輩が一際大きい声を出したので、隣のレーンの人に訝しい目で見られる。何より、先輩の格好じたいがゴスロリに近いので元より私たちは目立つ。

 とってくるね、と先輩が言うので私はその間に投げる。初心者のフォームなんて汚いだろうし、見られたくない。私はあまり運動が得意ではないのだ。

「あれ、投げちゃったの?」

 バランスを崩し、倒れそうになったところをなんとか耐える。ボールは引き寄せられるようにガターへと行った。私は席でさっき買った水を口に含んだ。得点を表示するディスプレイには「G」と表示されている。

「見られたくなかったので」

 先輩はGと表示されたディスプレイを見ると、半笑いした。

「そうみたいだね」

 納得いったと先輩は頷いた。

「先輩、どうですか爪の方は」

 穴に指を入れた先輩に後ろから声をかける。

「まあまあ、って感じだね。これは覚悟しないといけないかな──!」

 自然体のフォームによって、ボールはまっすぐ飛んでいき、九本倒した。

「いえーい」

 先輩は安心を露わにして私とハイタッチをする。いやーよかったわーと呟く。

「じゃあ、次頑張って」

 はい、と自身なさげに答えてまだガターする。

 あはは、と愛想笑いをして席に座る。もうちょっとこうした方がいいよ、と先輩がアドバイスする。

 そうして私のスコアは六十ぐらい、先輩は百ちょっとを出した。

 2ゲーム目は八十、先輩はもういいかも、と言って途中でゲームから降りた。先輩は私の分もお金を払ってくれる。

「今日は私が雛ちゃんにお金を掛ける日だから」

 後輩としては申し訳ないことをしているつもりだけど、西宮先輩の考えていることは読めなくて私は従うに過ぎない。

「帰ろっか」

 帰ろっか、というのはどこへだろうか、と揚げ足を取るように考えてみる。靴を脱ぎながら、会計を済ましながら。

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