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「先輩はなんでこのサークルに入ったんですか?」
二駅乗り継いで赴いたショッピングモールには、比較的空調が整っていた。四月の天気にしては暑かったけれど、室内に入ると薄らと汗ばんでいたこの体も機械的な涼しさのお陰で引いてきた。
先輩は今、新しい靴を選んでいる。サークル用の靴と個人的に楽しむ靴。個人的に楽しむ靴というのは、部屋に飾る用ということらしい。
私は先輩が楽しそうに物色するのを眺めながらサークルのラインやツイッターをスクロールしている。
先輩はなんでこのサークルに入ったんですか? ふと疑問に思ったので訊いてみる。先輩は私の言葉に耳を傾けると、すぐに顔から笑みを消した。
「今日の私の服、似合ってる?」
質問に沿った答えだったのか、それを聞いた瞬間、理解できなかった。似合うかどうかというのは、ただのごまかしでその話題から遠ざけているだけなのかもしれない、と。
「似合ってる、と思います」
私には先輩がゴスロリファッションをしようと、メンヘラを模した服を着ようと、先輩はそういう人でそう言うキャラなのだと固まってしまっている。だから、似合っている、というのは紛れもなく本心だった。
「そう、じゃあそういうこと」
質問に答えられた、とでも言うようにさっきまで浮かべていた笑みを取り戻す。
「……どういうことですか?」
「私はダメな人間だから、誠実に答えようと思う。その結果、かな。お待たせ、そろそろ別のお店に行こう」
今日の一日をもって、先輩のことを知れ、ということなのかもしれない。ひいてはそれが、原案になる小説のヒントとでも言うように。
ロゴの入った買い物袋をぶら下げて、私たちはもう一軒、もう一軒と回っていく。
「お昼食べてなかったよねー」
ゴロゴロと居所の悪い腹の虫をとっ捕まえて、お昼をとうに過ぎた三時ごろ、先輩が疲れたよね、お昼食べようと言った。
「お腹なっちゃったね」
照れを含んだ言い訳を被せて、先輩が美味しいと言うハンバーグ屋さんに行って食べる。
「雛ちゃん、今日は付き合わせて悪かったねー。疲れたでしょ」
一口大に切ったハンバーグをフォークで口に運ぶ。
「いや、いや。まあ、多少は疲れましたけど、楽しかったです」
何かを無駄にすること、時間だったりお金だったりを無駄にしている一日だった。最近のキリ詰まった生活では考えらんない、自堕落でのんびりとした時間だった。
でもまだ、どこか焦りはあった。当初計画されていた予定はまだ消化していない。取り掛かってもいない。なら、と私は先輩に、
「十分リフレッシュできたんで、プロットやりませんか? そう言う話をするだけでもいいんです」
疲れからか上手い言い方は思い付かず露骨になってしまったけれど、祈るような口調で、そして先輩の目を見た。
先輩は何を答える訳でもなく、サービスのお冷をゴクゴクと飲んだ。肉の油を水で洗い流した先輩が言った。
「雛ちゃんはうちのサークルに何を求める?」
さっきの質問の続きか、と私は思った。何を求めるのか、それを私に訊いて、そして私が正解を答えられれば、私はプロットを貰えて小説を書けるということだろうか。
「やりたいことができること、でしょうか」
相手に合わせた答えなど、受けを狙った答えなど、期待されていないことは今日のやりとりでわかっていた。先輩は、私を私であることを求めるし、そういう後輩であることを私もなんとなく望んでいた。先輩もまた、何かしらの先輩であるように努めていたと思う。
「やりたいことができる、ね。うちはどうだろ、できるかな。まあー、やろうと思えばできるかなー。プレゼンなんだよね、うち。何をやるか例年、型として決まってるからさ、新しいことをしたければ、準備がかるし、みんなの同意が必要なんだよねー」
そこで先輩は一息ついた。いつの間にか、食べ終わっている。
「私は、役者をやる人間なの」
役者をやりたかったわけじゃないけど、私は役者なの。と、そう言った。
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