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「どう思う雛ちゃーん? 私って生きている意味なくない?」
病みメイクを施した目でじっと見つめられる。全身をメンヘラファッションで身を包んだ先輩は、まだファッションメンヘラか本当のメンヘラなのか判別ができない。
「あの、先輩、私にそんな質問されても」
木葉ちゃんは素知らぬ顔で、机上のお菓子を摘んでいる。
「テストだよ、テストぉー」
「え、じゃあ先輩のしたいことってありますか?」
「したいことねえ。気持ちよく死ぬことかな?」
気持ちいいセックスでもいいよ、楽に死ねるならね、と何の気無しに先輩はそう言う。ご自慢のネイルを見ながら出てきたことはそれか、と諦めつつも慣れない話題に私は目を泳がせる。
先輩の撫で付けるような視線がこそばゆい。
「私だったら、いや、私も──幸せの絶頂で死にたいです」
珍しく木葉ちゃんが口を挟んだ。彼女の言葉に直すと、途端にマシに思えるので、やはり先輩がヤバいんだと私は認識した。
「わかるよ。わかるうーー。痛みの中、もうダメだぁと思った瞬間、最後の一刺しで痛覚が消えて楽になりたいよね」
先輩がうんうん、と満足げに頷くのに対し、木葉ちゃんは、
「いや、違います」
とはっきり否定していた。
「それぐらいにしてやれ、西宮」
メンヘラ先輩を制止したのは、また初めて見る男の人だった。
「先輩!」
木葉ちゃんが叫ぶ。どうやらこの人が例の先輩らしい、確かにそれっぽさはあるような、と思っていると、
「三園くん、私は別に後輩ちゃんと喋ってただけだよー?」
西宮と呼ばれたメンヘラ先輩が、木葉ちゃんと三園先輩の再会の瞬間に釘を刺す。
「よお、秋風。元気にしてるか? 小説は──」
「先輩、少し席を外しましょう。ここじゃなんですし」
木葉ちゃんが三園先輩を連れて出て行ってしまった。先輩の言葉を遮ったことは、何か私に知られたくないことがあったんだとすぐに気づいた。
木葉ちゃんの過去に何があったのかそれを知ろうとすることは、会って数日の私がそれをすることは失礼なことだろうと思って、少し遠くから聞こえる二人の会話を探るのをやめた。
そしてこの状況が、木葉ちゃんにだけでなく、私もなのだということに、目の前の怪物が笑ったことで、気づいた。
「雛ちゃーん。私とお話ししよー」
「ええ、しましょう……」
さっきまで木葉ちゃんが食べていたお菓子の残骸を見やった。綺麗に食べられたそのゴミは、私にそれ以上の情報をもたらさなかった。
そもそも、なんでこの先輩がいるのかということを冷静に思い出して、この先輩とまともに話すにはどうすればいいか考えた。
木葉ちゃんがこのまま待つことを宣言してから数分、西宮先輩はやってきた。
勝手知ったる我が家のように、バン! と扉を開けて、その後私たちがいること気づき、一瞥して、
「あんた達だれ?」
凄みのある言い方で、知らない人間に対しての十分な警戒が孕んでいた。
「えっと、見学に来た一年です」
ぼりぼりと煎餅を食べている木葉ちゃんを見て、私は答えた。木葉ちゃんは口に含んだ煎餅を咀嚼するのをやめない。
「あ、そっかあ〜。今日サークルの見学の日だっけ〜。へぇー」
「案内してもらった先輩にまだ人が集まるかもしれないから待っててって言われたんですけど」
「あ、そうなんだ。でも、もうこないんじゃない?」
「え?」
この人がなんの情報も共有していないのに、そう言い切ったことに驚いた。サークル見学のことも知らない先輩なのに。
「こんな奥まったところにあるんだよ? 新入生は入り口のところで取られちゃうし、もう来ないと思うよ」
そういうことか、と納得した瞬間、さっきの答えに困る質問地獄が始まったのだ。
「雛ちゃんはここで何したい?」
思ったよりまともな質問がきて、やっと真面目に考えられる。だけど──答えは出てこなかった。
「──ん?」
焦らして先輩が聞いてくるけど、私の視線は先輩と机の間をうようよと動くだけだった。
「何をすればいいかわかりません。何ができるんですか」
「あはっ。君、何もわからないで来ちゃったパターンだ⁉︎」
その通りだった。私は執念深く木葉ちゃんの近くに居ただけで、面白そうだなと思っただけで、特にそれ以外の動機はない。
「そうなんですよ、何もわかんなくて。すみません。付いててきただけで」
私が躊躇いがちに、しかし覚悟を決めてそう言うと、先輩は、はっはっはっと楽しそうに笑った。
「雛ちゃん、小説書いてみてよ。読みたいなあー」
変なタイミングで笑うせいで、変におかしくなったかと思ったけど、言ってることは変わらずの変なことだったので、妙な安心感を覚える。
初対面の相手に、小説を書いてみてよ、と言うだろうか。もしかして私、試されてる?
「なんで小説なんですか?」
「そんなの雛ちゃんが、小説を書いている目をしてるからだよー」
どういうことだよ、と毎度心の中でツッコミを入れつつ、この先輩がそれほど人を注意深く観察しているようなタイプには見えなかった。
「それにほら、脚本で参加してもらう方法もあるし、小説が原作になるのって嬉しいじゃない?」
我が身のことのように、知ったような口をつくのが、それが私のことを思ってだとしてもなんだか鼻についた。
「嬉しいですね。原作になれたら!」
私は意見自体には大いに賛成して答えた。多分、私の心にあるムカムカしたものは西宮先輩自身のキャラにあるんだと思う。
「じゃあ、書いてみる? 私読むよ?」
今書いている小説、この間コーヒーに浸した小説はあるけど、それをこの先輩に見せるわけにはいかない。先輩に書きかけの、ひと段落はついているけれど、それを見せるのは気恥ずかしさがあったからだ。
「ならアイデアください」
突き放すように言った。アイデアを思いついて、それを先輩のために書くリソースはなかった。プロットが決まっていて、それが面白いならあとは書くだけだし。
「アイデアねえ。あ、私の話聞いてくれる?」
「先輩の話? (面白いんですか?)小説にしていいんですか?」
「いいよ。いいよ。私、原案って夢あるなあって思ってるから」
「わかりました、じゃあ、ちょっとノート出すんで待ってください」
大学の授業用兼メモを取るように大学ノートをバックに入れてきていた。大量の配布物でごちゃごちゃとしたバックの中をまさぐり、A4サイズのノートを取り出す。
「お、帰ってきたね」
視線を下にしていたせいで、西宮先輩が言ったことの意味がわからなかったが、ノートを掴むと、やや目もとを赤くさせた木葉ちゃんと三園先輩が戻ってきていた。
「木葉ちゃん、話は終わった?」
「うん、」
それ以上でもそれ以下でもない言葉に涙を濡らした間があって、私はそっかと答えた。私の最大の善意の「そっか」は棒読みのように無感情だった。
「じゃあ、正式加入ってことでいいかな? 二人とも」
場が落ち着く頃には、私たちをこの部屋に通してくれた男の先輩も帰ってきていて、歓迎会は開催された。
「わかりました」
私はそう答えたが、木葉ちゃんはすぐには首を縦に降らなかった。私はこの調子で残りたくないし、やっぱり誠意を見せて謝罪して今の言葉を取り消そうと思った──けれど、その瞬間、木葉ちゃんは「はい」と首肯した。
「じゃあライングループ招待するよ。二人ともラインやってるよね?」
この会を仕切っているのは、さっきも言った男の先輩で、山田先輩といった。木葉ちゃんと蟠りがあったろう三園先輩は、楽しそうに西宮先輩と話している。
邪推を始めると、私が良くない方向に突っ走っていきそうで、山田先輩の言に耳を傾けている。
「まだうちには部員がいて、今日は来れなかったり、幽霊もいるからさ、安心してよ」
私としか目の合わない山田先輩が取り繕うに言う。
「わかってます。楽しみにしてます」
何度かの私と山田先輩のやりとりがあって、木葉ちゃんも次第に回復して、その日はお開きになった。
私は西宮先輩と連絡先を交換して、二日後の日曜に大学構内で会う約束を交わした。
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