♯5-1

 学園からの最寄り駅から徒歩で学園に向かう。道すがら冠城銀驍かぶらぎぎんぎょうは聖ML学園の校歌を口ずさむ。学園を卒業してもう何年経つのだろうか?

――昨晩突然家に届いた招待状に戸惑いながら、冠城は妻に言った。


「招待状だって」

「どこから?」

「母校」

「学園?」

「そう」

「なんでまた……」


 卒業後、父親の代から受け継いだ楽器店の後を継ぐことになり、冠城は学園で培ったスキルを発揮しながらつつましく暮らしていた、ハズだった。


「どうすんの?」

「なんかあるんだろうけど、何でなんだろうな?もっと適任な奴は……」


 1人の人間の顔を思い浮かべたが、頭を振って掻き消す。あいつは、招待しなくたってあそこに……


「もうすぐ史奈ふみなの誕生日だな」


――娘の史奈の誕生日。秋刀魚が美味い時期になってきたな。ってことは……


「コンテストじゃない?」

「あ、そうだな」

「……尚更なんで銀さんが呼ばれたのか……」


――そう考えていたら、懐かしい校門前に立っていた。微かに中から聞こえるエレキのファズの音、ライドシンバル。いつも扱っている楽器とはまた違う。こちらは完全に血の通ったサウンド……


「冠城くん!」

「げっ、ブライアン……」


 教頭の石動が小走りで冠城のもとに近付く。貼り付けたような笑顔で頭を下げる冠城に、石動は顔を覗き込むようにして言った。


「珍しいな、どうしたんだ?」

「いやっ、学園長に呼ばれて……」

「へ?学園長に?」

「そうなんですよ。だから中に……」

「お!冠城!」


 学園長のレミーが冠城に近寄る。懐かしい顔に会ったレミーは冠城の手を掴んでぶんぶんと振った。


「今回は、コンテストに呼んで貰って有難うございます」

「いやぁ、お前を呼んだのは他でもないんだよ」

「?」

「お前さん、覚えてるだろ?」

「……忘れるわけ、ないですよ」



 講堂には全校生徒が集結している。最前列にはコンテストが始まる前から小さなモッシュピットができつつある。

 ステージの脇に設けられた来賓席には、錚々たるメンバー。ステージの中心に広げられたスクリーン。最後尾に鎮座する巨大なプロジェクター。


「皆さん、この時期がまたやって参りましたね」


 石動の一言でわっと湧く講堂。石動はスタンドマイクを掴んで演説するように言う。


「最前列に張られたトラロープは絶対に越えないこと。わかりましたね?」

「はい!」

「宜しい、それじゃコンテストを開始させて戴きます。開会セレモニーの前にまずは校歌斉唱!来賓席の皆さんも御起立を!」


 ステージには前回MVMである生徒会長のバンド【charm】が既にセッティングを済ませていた。弥勒のカウントから、羅紗の歪んだギターが鳴り響く。

――校歌っつっても、ガンズなんだよな。

 来賓席で立ち上がった冠城が喉を絞るようにして、アクセル・ローズのように校歌【Welco me to the jungle】を歌う。


「一同、なおれ!」


 石動の一言で拍手がやむ。講堂の電気は一斉に消え、プロジェクターは宇宙空間のような映像をスクリーンに投影する。


「始まるな」


「全校生徒諸君!今回も最強のmusiclinerを決めるコンテストが始まる!今回の参加バンドは!!」


【真珠郎!】

【GIZA-GIZA!】

【charm!】


――あれ?

 一同はざわざわとざわつく。そう、肝心な名前が出て来ていない。


「shining quarterは!?」

「灰谷センパイは!?」


 そんな中、檀上に1人の影が上がっていく。【shining quarter】のベース、伽天だ。


「伽天センパイ!」

「なんで?灰谷センパイは!?」


 伽天はマイクを掴み、全校生徒に言った。


「今回、おれ達【shining quarter】は、コンテストには出場しない」


 全員が嘆きの声を一斉にあげた。


「なんで?なんでよ?」

「灰谷がいない今、おれ達にはコンテストに出演する資格はない」

「嘘!灰谷センパイは!?」

「灰谷センパイ!!」


 伽天は叫ぶように言った。


「うっせぇなぁ!」

「!!」

「灰谷は今、アメリカから来た彼女とディズニーランドに行ってるなんて言えるか!」

「言ってんじゃん!」


 ブーイングの嵐の中、半ば自棄になった伽天は続けた。


「お前らも分かってんだろうが!」

「?」

「灰谷はそういう奴なんだよ!雲みたいな奴なんだよ!それでもあいつは最高のフロントマンだ!それでいいだろ!?」


――いい……のか?いや、よかないだろ。


「そんな灰谷から、手紙を預かってる。律儀にミッキーのイラストつきだ」


 相当根に持つタイプなのか、伽天はミッキーのイラストつきの手紙を開くと、咳をして読む。


「おれ達には、もう1年ある。次は必ず戴く。だから今回はおれの意思をある奴に託すことにした」

「遥か、浦安の地から!」


 やはり根に持つタイプなのか、強調すると伽天はミッキーのイラストつきの手紙をポケットに捻じ込んだ。多分、遥か浦安の地なんて書いてないに違いない。


「聞こえるか?真露とそのバンドメンバーさん!」

「え?」


 伽天は向き直ると、よく通る声で言う。


「【shining quarter】の代理はお前らに託す!」


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