♯4-4

 段武はそわそわしていた。野試合の投票箱に申込用紙を放り込んだ後から。それにしても、佐須は全く動じることのない振る舞い。次の相手は灰谷率いる【shining quarter】だというのに……


「お前、よく平気だよな?」


 ドラムスティックで椅子をちまちま叩きながら佐須はその真ん丸い目を段武に向けた。


「何が?」

「野試合だよ。次の相手は灰谷達だぜ?勝ち目ねぇって」

「あぁ、あれね」


 佐須はけらけらと笑いながら言った。


「実は投票箱には入れてないんよ」

「はぁ?」

「そんなきょっとんきょうな声出さなくても、ちゃんと聞こえてますってば」

「だってお前……」

「こうやって、入れるフリして袖に仕舞ったんよ」


 段武はぺたりと床に座り込んだ。完全に拍子抜けしている。


「何でんな事すんだよ?」

「だって、俺っちまだ曲できてないんだもん」


 ほっぺをフグみたいに膨らまして佐須は言った。


「その代わり、コンテストには出るよ」

「まさか……」

「段武さん、今度の曲はちょっとキてるんだわ。だから待ってて」



 一方、学園に向かう道を自慢のエディ号(ママチャリ)の籠に袋を入れて走るハリーさん。いつものように野試合の報酬の海鮮かき揚げパンと、報酬以外に売る自作のバターロールを入れている。


「おや?」


 ハリーさんはエディ号(ママチャリ)から降りてゆっくりゆっくり近付く。そして声を掛けた。


「あの!」

「あひぃっ!」


 校舎の脇から中を窺おうとしていた1人の中年男性に声をかけた。男性はぴしっとしたダブルのスーツを着ており、七三に分けた小綺麗な髪をしている。


「何か用すかね?」

「いっ、いやそのっ……」

「怪しい~なぁ~」


 男性は名刺ケースを取り出すと、一枚名刺を抜き取りハリーさんに差し出した。


「?音楽雑誌の人すか?」

「えっ、えぇまぁ」

「じろりんちょ……」

「そ、そんな目で見ないでくださいって!」


 六車むぐるま。それが男の名前だった。ハリーさんは名刺を持っていないので、売り物のバターロールをエディ号(ママチャリ)の籠の袋から1個取り出した。


「聖ML学園の購買のお兄さんです。ハリーさんって呼ばれてます」

「え?」

「食ってみて。イくよ」


 どうも、と六車は小さく頭を下げてバターロールを持ってきた鞄に仕舞おうとした。


「ははぁん、あんな人の厚意を無駄にすんのね」

「いやっ、え?」

「食えっつってんの。ほら」


 六車は何もついていないパンはあまり好きではない。いつもはバターロールにはハムとチーズとキュウリを挟まないとだめなのだ。言われるがままに六車はバターロールを齧った。

 ほぼ焼きたてのバターロールはふわっふわで、多分イースト菌ではなく葡萄か何かの酵母を使っているせいか、仄かにフルーティーな味がした。六車は感動して全て平らげた。


「うまい、こんなにうまいバターロールは初めてですよ」

「だろ?」

「でも、貴方みたいな人がなんで、こんないや、失礼。この学園の購買に?」

「そりゃ……」


 ハリーさんはニヒルな笑顔を六車に向ける。


「ML学園は、オレにとっての砦なんすよ」

「砦?」

「訊きます?」

「いや、いいです」

「勿体ないなぁ~、なんならコラム書いてもいいくらいなのに」


 六車はハリーさんに訊いた。


「じき、コンテストですよね?」

「えぇ、いいんですか?コラム」

「我々が注目してる【charm】は出ますよね?前回MVMで、今回勝てば二冠になるっていう」

「じゃ、ないすかね?」

「なるほど、有難うございます。では学園長のレミーさんに宜しくお伝えくださいませ!」

「あっ、ちょっと!」


 六車は脱兎の如く去って行った。その背中にハリーさんは大声で叫んだ。


「コラム!書いてもいいよ!」

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