♯4-3

「おい、灰谷」


 伽天は愛用のベースを抱えて言った。灰谷はまだ固いバニラシェークに悪戦苦闘しながらも、あ?と答える。


「ホントに、今度の野試合の相手は【GIZA-GIZA】なんだよな?」

「だからそうだっての。段武と坊ちゃんが箱に入れてたぜ。応募用紙」

「そっかぁ……」

「なんだ伽天、イモってんのかよ?」

「んじゃねぇけどさ、その……」

「らしくねぇぞ伽天。なんかあったのかよ?」

「いや……」


 灰谷は伽天の肩を些か強めに叩いた。少し痛かったらしく、伽天は小さな声で「っう……」と言った。灰谷は「わりぃ」と言う。


「別にさ、勝ち負けなんかどうでもよくね?」

「灰谷らしくないな。それ」

「なんだそりゃ」

「灰谷っつったらさ、いつも野試合の前は自信満々でオラついてるじゃん?」

「ははっ、まぁな」

「勝ち負けなんかどうでもいい風には見えないぞ?」

「俺はね、演奏してる時が一番アガるんだよ。じゃね?」


 演奏している時の灰谷はまさに曲世界を泳ぐようにパフォーマンスをしている。ごく自然体に。


「お前はどうなんだよ?伽天よ」

「おれは……」


 不意に灰谷と顔を向かい合わせ、目線で話をするシェクターをぶら下げたシルエットが頭に浮かぶ。伽天にとっては最高のギターであり、もどかしい思い出。


「しょうがねぇよな、勝っちまうんだもん」

「あはは、伽天からそんな言葉が出るなんてなぁ。でもさ」


 灰谷は首をコキッと鳴らして言った。


「いつかオレらの牙城は崩れる」

「らしくねぇなぁ灰谷」

「お前が言うなっての」


 灰谷がシェークをテーブルに置いて言った。


「MVMは、狙うんだよな」

「ま、いけたらな」

「ん?」

「生徒会長のバンドが、すげぇのを引っ提げて出るって話だぜ」

「誰情報だよ、そりゃ」

「いやぁ、別にぃ」

「勿体ぶるなんて、らしくねぇなぁ伽天」



 一方、スタジオで音出しをした泉率いる今年度MVMの【charm】は首を傾げながら曲の出来を確かめていた。

ドラムセットに座り、スネアを3連打すると、弥勒は野太い声で言う。


「会長、どうです?」

「やればできんじゃん弥勒。てか、バンド練習中にも会長って言うの、どうにかなんないの?」

「いや、会長は会長ですから」

「おい、金色堂」


 言ったのはギター担当の鳳羅紗おおとりらしゃ。生徒会には属していない。本人曰く、めんどくさいのが嫌だかららしい。身長170センチ、体重52キロの痩せ型、老け顔がコンプレックス。


「お前、こんな曲作れるんだ?」

「自分も、たまには作る」

「ぎこちねぇなぁ。もうちっとフランクにできねぇかなぁ、ね?瑠璃原」

「こらっ、鳳。会長だぞ?」

「んなもん関係ねっつの。な?瑠璃原」

「そうよ、弥勒。もうちょっと楽に……」

「自分は、楽にしていますよ……」


――何度言っても直らないよなぁ


「俺もここまで歪ませた曲って弾いたことないんだよなぁ」

「難易度高いよねぇ……」


 ベースの4弦目にピックを当てて泉が言った。昔から使っているメタルドライバーのプレベ、紫に色を塗り替えている。


「でも、すっごく格好いいし楽しい」

「そ、そうでありますか?」

「また狙えんじゃね?MVM」

「【shining quarter】が強敵だけどね」

「灰谷と伽天のバンドだよなぁ、ありゃヤバいからなぁ」

「勝てばいい、であります」

「お、金色堂にしては強気だな」


 顔を真っ赤にして照れる弥勒。


「そういや、瑠璃原さ」

「?」

「なんか陽気な沖縄ちっくなおっさんが学園長室に入ってったけど、あれ誰なん?」

「え?まさか那覇校の校長じゃ?」

「へ?ML学園って那覇にもあんの?」

「鳳。そんなことも知らなかったのか?那覇にも仙台にも福岡にも大阪にもあるぞ」

「そんなに?」

「自分が知ってるのは、ごく一部だがな」


 ふぅん、と興味がなくなったように言うと、羅紗は抱えたレスポールをじゃらんと鳴らした。


「なんかあんのかな?」

「さぁね。あたしは知らない」

「なぁんだ、会長の瑠璃原にも知らなきゃ、俺なんか知らないよなぁ」


 羅紗はケラケラと笑って言った、その傍らでやや不安そうな顔をする弥勒。何か厭な予感を感じているようであった。

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