♯4-2

 放課後、誰もいなくなった校舎の中希望は人目を避けるようにある場所に向かった。


「おう」


 希望はカウンターの向こうに声をかけた。カウンターの向こう側でのっそりと人影が動いた。


「ある?」

「おう、あるよ」


 ハリーさんはカウンターの向こう側で何かをまさぐって取り出す。それを希望にそっと手渡す。紫色のタルトだ。


「ほらよ」

「ふにゃ~、たまらないにゃ~」


 紫芋のタルトを見ると完全に骨抜きになった猫のようになってしまう。それが希望だ。普段のクールで2枚目の希望とは全く想像がつかない。


「ちょろい奴だな。お前も」

「だってぇ、好きなんだもん~」


 舟形の紫芋のタルトをはぐはぐと食べながら希望はうっとりとしている。


「おい、誰にも見られてないだろうな?」

「見られてないにゃ~ん、あに……」

「オイッ!」


 ハリーさんはキョロキョロと周りを見渡した。そんな状況に目もくれず希望は紫芋のタルトを片付けた。


「何で、バレちゃいけないんだよ。おれがアンタの弟だって」

「……お前のためだよ。いずれわかる」

「んなもん知らねぇって」

「兎に角だ、バレちゃだめだからな」


 むっつりとする希望にハリーさんは2個目の紫芋のタルトをちらつかせる。


「欲しいだろ?」

「んにゃぁ~!欲しいにゃ~ん!」

「お前もこの癖を知られたくないだろ?」

「にゃ!」

「分かったな。分からなきゃこいつはおあずけだぞ」

「だめっ!だめだめっ!」

「言わないか?」

「言わないにゃ~ん」

「よし、良い子だ」


 紫芋のタルトを受け取った希望はそれをまたはぐはぐと食べはじめた。ハリーさんはふぅと溜息をついた。

――お前の為なんだぞ。希望。



「希望くん、待っとったよ~!」

「わりぃな。ちょっと……」

「ちょっと待って、まだオレンジジュース来てないから……」


 ファミレスで希望を待っていたのは、いちご、寂哉、真露、沙月だ。寂哉と真露の横にはギターケースが置いてある。


「沙月ちゃんてば、希望くん来ないよ~って言いながら、しっかりオレンジジュース注文してさぁ……」

「すまないな、沙月」

「どっちみち、オレジュー飲みたかったから!」


 真露はこっそりと希望の耳許に口を寄せた。ふわりと漂うシャンプーの香り。


「なんか隠してないよね?」

「なっ、なにが?」

「いや、別にぃ」

「なぁ皆さ、休憩したら行こうよ。練習しなきゃ」


 寂哉は言った。希望はそうだな、と頷く。それを横目に急いで沙月はオレンジジュースをストローでちゅうちゅうと吸う。


「あ、希望くん、今日は新しいベースやない?」

「お、いちご、よく分かったな」

「いつもの茶色の革のケースやないもん」

「ふふっ、実は新しく買ったんだよ。ベース」

「よく見てるよなぁ、いちご。実は僕もギター買ったんだよ?」

「あ、そうなの?」

「なんだよそのリアクション!」


 寂哉は色も同じのソフトケース。シェイプ自体を変えているようだ。


「真露ちゃんがシングルコイルだから、僕はハムでいこうかなって」

「おっ、ちょっとした対抗意識ってやつ?」

「ちっ、違うよ~」


 沙月は膝を叩いてけらけらと笑っている。


「と、とにかく早く練習しに行こうよ!」


  

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