♯4-1
「うん、元気しとうよ。心配せんでいいけん」
いちごは両親に電話をした後、小さく息を吐いて呟くように言った。
「もう、半年経つとよねぇ」
「早いよねぇ、何だかんだでさ」
「まだ、野試合もしとらんとに」
「ライブでもやりたいよねぇ」
沙月は寮の部屋で枕許に置いているあざらしの縫いぐるみにドラムスティックでロールを喰らわせている。
「真露ちゃんに、曲は任せっぱなしで」
「真露はいいの、曲作るのずば抜けて上手いから」
「寂哉にはバンド名決めてもらわんとね……」
「あっ!そうだった!」
かれこれ半年の間、寂哉はバンド名を決めかねている。唯一、過去出したバンド名候補が、【たこ焼きボーイズ】だった為、女子勢に総スカンを食らい、打ち拉がれた日々が続いたのだ。
「希望くんに任せればよかったかなぁ」
「今となっちゃ、ねぇ……」
寮の部屋のドアが叩かれた。そこには真露がいた。アニメイトの袋の中には何やら入っているようだ。
「よ、お二人さん」
「真露ちゃん、あと、舞奈ちゃんも!」
「あたし、偶然音路のアニメイトで真露ちゃんに会ってさ」
真露は恥ずかしそうにしている。
「あたしと一緒で、【音路町ストーリー】のファンなんだって。真露ちゃん」
「え?あのじゃくわかさんの新作アニメ?」
「うん、あたしは甘納豆推しでね~」
舞奈は茶色い髪にクリスタルみたいなものを手にしたふわふわしたキーホルダーと、キャスケット帽を被ったふわふわしたキーホルダーをぶらぶらさせている。
「真露ちゃんは誰推し?」
「ごめん、うち全くついていけん……」
「あ、そだ。音路町行ってきたから、聖地巡礼のついでに今川焼き買ってきたんだ。ずんだ。美味しいから食べてみ?」
「舞奈ちゃん、あたしあんまあんこは……」
「ここのはホント美味しいから!」
舞奈と真露が差し出した今川焼きを頬張る。
沙月も美味しそうに食べている。やはり食わず嫌いなのだろう。
「あ、そうそう、皆に聴かせたい曲があるんだよ」
「おっ、真露ちゃんの新曲ですか?」
「まぁね、あ、いちご。そこのアコギ貸して」
アコギを小脇に抱え、真露はじゃらんと鳴らす。その瞬間にチューニングの合っていない弦を直ぐに聞き分けるのはさすがだ。
「曲名は?」
「仮で【ソフィア】」
「誰よ、それ」
「知らぬ!」
軽快なロックの曲をアコギで弾き語る真露。部屋の空気は一気にかっと明るくなったような感じがする。
「こんな感じ」
「あたしらのバンドにぴったりじゃん!」
「グッドだよグッド!」
「真露ちゃんすごかぁ」
アコギをスタンドに置くと、真露は言った。
「そろそろ、コンテストの時期だね」
「そうだねぇ、今年はどうなるのか……」
「泉先輩のバンドが有終の美を飾るのか」
「はたまた……新しいバンドが?」
「MVMってやつね?」
「そ!」
舞奈は膝を叩いて言った。
「今年の最有力はやっぱり【shining quarter】だと思うんだ!」
「いやぁ、【charm】でしょ!今回の曲はだいぶやばいのが出来たって、弥勒さんが言ってたしさ」
「いや、今回【真珠郎】もいるよ」
「あのお面バンドか、凄かったね、あれも」
「でもなんだか、最近軌騎センパイ、様子おかしいらしいんだよ」
「……ってのは?」
「いや、ちょっと一言じゃ言えないんだけどさ……」
★
「おい、軌騎よ」
軌騎はスタジオに入ったまま、ギターをちまちま爪弾く。ベースの野々村は軌騎の肩をぽんと叩いて言う。
「どしたんだよ、心ここにあらずじゃねぇかよ」
「あっ、いやぁ、違うんだ」
「らしくないぞ、どうした?」
軌騎の親友であるドラムの百合根は優しく軌騎に訊いた。
「何も……」
「噓こくなよ。なんか考えてるときに頭ガリガリすんのは、お前と金田一耕助の癖だからな」
ギターの歪みを抑えたクランチトーンで、リッケンバッカーをジャカッ、ジャカッと鳴らすと、軌騎は言った。
「やっぱり、お前には隠し立ては無理だな」
「どうしたんだ?」
「どうしても、あの盗難事件が引っ掛かるんだ」
「はぁ?盗難事件って、あの?」
「【幻の一曲盗難事件】だ」
ギターのボディに肘を置いて、軌騎は話し始めた。
「もう少しで、真相を掴めるかもしれないんだ」
「え?」
「その為には、やっぱりコンテストに出ないと、あっ!」
軌騎ははっとしたように顔を上げた。
「肝心な曲をど忘れした!」
「何してんだよお~い!」
「大丈夫大丈夫、僕のスペックはそんじょそこらのもんとは違う、違うんだよ。うん、とは言え、アイディアあったら、君らも頂戴、頼むよ」
野々村と百合根ははいはいと言って話を流した。
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