♯3-5
「学園長、宜しいですか?」
「あ?」
学園長のレミー(白鳥沢権八郎)は気の抜けたような返事をした。学園長室の校章の隣には、レミーがこよなく愛するMOTORHEADのトレードマークが飾られている。
「ML学園那覇の校長がいらしてますよ」
「あ?なんでよ」
教頭の
石動の脇をすり抜けてアロハシャツの色黒のバンダナを巻いたニコニコした男が学園長室に入ってきた。
「ゴンちゃん、はいさい!」
「あ~、何しに来たんだよぉ」
ML学園那覇校の校長、
「ほれ、ちょっと遊びに来ただけさぁ。内地はごちゃついてるねぇ。ほら、ゴンちゃん。うちの秘伝のハブ酒さぁ。飲んだらたちまち元気ビンビンさね!」
「ホントに、遊びに来ただけ?」
「当たり前さぁ、ゴンちゃんの顔見ないとうちなーに帰れないさぁ」
下當間はハブ酒を開けると、レミーに飲むようにと眉を上下させた。
「仕事中だぞ……」
「そんな関係ないさぁ、うちなーじゃ仕事中でもお構いなしさぁ、シマー(泡盛)がよかった?」
「……何企んでんだよ」
「人聞き悪いねぇゴンちゃん、うちらね、あんたのことを心配してんのさぁ」
「え?」
「元気?彼は」
「彼?」
「惚けたって無駄さぁ、同じML学園じゃ知らない奴はモグリさ」
「……主語がなきゃ、わかんねぇよ」
「【ガーディアン】で、ピンと来ない?」
「……!」
下當間はからからと笑い出した。
「まぁ、結構前の話さ、勿論卒業してるよね?」
「……」
「ねぇゴンちゃん、考えといてね?全国ML学園一斉コンテスト……」
そう言うと、下當間はビニール袋に入れた何かを取り出した。
「そりゃそうと、ゴンちゃん、ハブ酒によく合うてびち、持ってきたさぁ、食べてよ!」
「……あぁ」
「それじゃね、あ、そうだ」
下當間はくるりと振り返ると言った。
「また、いいバンドが出て来たら教えてほしいさ」
「……そっちもな」
「っっははっ!うちなーには米軍基地あるさ。アメリカ仕込みのロックなんかゴロゴロしてるよ?」
下當間はひらひらと手を振って出て行った。
「学園長……」
「下當間は、どこまで知ってるんだ?」
「いや、あれは多分知られてはいないかと……」
「あれだけは、捜しださないと。奴らが動き出す前になぁ……」
☆
いちごは放課後、寮に帰る前に少し寄り道をすることにした。駅前のメイン通りにある本屋に寄ろうかと思ったのである。好きな小説の発売日だからだ。
「あっ、あれは?」
【shining quarter】のベースの伽天だ。野試合のときのパン1の姿が印象的だったが、普通に制服を着ているとなかなかのいい男だ。切れ長の目がいちごをちらりと見た。
いちごは小さく目礼をすると、小説コーナーにすたすたと歩いた。発売日だからか特設のコーナーにはわんさかとそれは積まれていた。
「それ、好きなの?」
「えっ?」
唐突に伽天に話しかけられて戸惑ういちご。気のない返事をしてしまった。
「面白いよね。【ミスティ・リンク】シリーズ」
「はっ、はいぃ」
「おれもね、けっこうはまってるんだよ」
くしゃっと笑う伽天。
「そうやったとですね?」
「真露とバンドはじめたんだって?」
「え?なんで知っとるとですか?」
「そりゃあ、あいつから訊いてるもん」
「真露ちゃんとは……?」
「以前、一緒に演ってたんだよ」
いちごはぽかんと伽天を見た。
「あいつ、前は【shining quarter】でギター弾いてたんだよ。正直、あいつのシェクターがまた見られるのは楽しみなんだよな」
「真露ちゃんは、SGのイメージしか……」
「本気のあいつはシェクターなんだよ。やべぇよ。まじで」
――知らなかった。真露が【shining quarter】だったなんて。
「君はまだここに来て日が浅いから分からないかもしんないけど、秋になれば盛り上がるよ」
「そうなんですか?」
「そうさ、MVMを決めるイベントがある」
「泉さんのバンドですね?」
「そうそう、絶対王者【charm】」
「そんなに凄いバンドなんですね?」
にやっと笑って伽天は頷いた。
「おれらは【charm】に挑戦する」
「おっ……」
「少なくとも、灰谷は倒すつもりでいるよ……ただ……」
伽天は小説を手に取ると言った。
「なんか、胸騒ぎがすんだよな」
「何のです?」
「ま、カンってやつだけどな。あ、そだ」
「?」
「この小説のキャラにも【真露】っていんだよ。なんか、面白くね?」
そう言うと伽天はくるりと背を向けてレジに向かう。
いちごは思った。
――何が面白いとやろ?
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