♯3-4

「生徒会長、どうですか?」


 生徒会長、瑠璃原泉に話しかけたのは生徒会副会長の金色堂弥勒こんじきどうみろく。瑠璃原泉率いるバンド【charm】のドラムスでもある。身長190センチ、体重85キロ、筋トレが趣味の男だ。


「なんつか、堅いねぇ相変わらず。もっとフランクにいこうよ、あたしら、タメなんだしさ」

「…役職は絶対ですから」


――軍人かお前は。

しかしながらドラムセットに座ると人が変わったように暴れ出すのが弥勒だ。


「たまに、あたしも野試合に出たいわ。久々、ハリーさんの本日のおすすめパン食べたいし」

「ん~」

「だめ?」


 弥勒は石橋をきっちり叩いて渡るタイプ。正直、最近ぐいぐいと勢力を伸ばしてきているバンド、1個下の【shining quarter】に負けそうな気がしてならないのだ。


「最近、面白いバンドいっぱいいるからねぇ」

「……灰谷のバンドですか?」

「ん~、それもだけど……」


 泉は窓から向かいの校舎を見て、弥勒に声を掛けて指を差す。


「あそこに、ちっちゃな女の子いるじゃない?」

「ん?」


 どことなく垢抜けないが、可愛らしい女の子がそこにいた。弥勒ははぁと呟いてがっしりとした顎を撫でる。


「星鹿いちごちゃん」

「高入生ですね」

「あの娘のポテンシャルはなかなかよ」

「はぁ……巧いんですか?」

「あたしの第六感が言ってる。あの娘は今後化けるわよ」



「へぇっくしょん!と!」


 ――と!って、おっさんかよ!

寂哉は突っ込みを入れそうになった。いちごは恥ずかしそうに言う。


「誰かうちの噂でもしよらすとかな?」

「んじゃね?」

「ねぇ、寂哉」

「あ?ん?」


 若干違和感がある。今までは苗字で呼ばれていたのに、いきなり下の名前で呼ばれると……なんだかこそばゆい。


「いつか、うちらもあれに出たかね」

「いつか、な」

「でもさ、めちゃめちゃ凄かバンドばっかやん」

「確かに。でもさ、うちらもなかなかのメンバーがいるじゃんよ。ほら」


――天才的クールビューティー、真露。イケメンベーシスト、希望。正確無比なビートメーカー、沙月。


「いけるかもしれないじゃん?」

「あはは、いけたらよかねぇ」

「何よお二人さん、いい雰囲気じゃない?」


 にやにやしながら舞奈がいちごと寂哉のところにやって来た。軽く顔を朱くしていちごは言った。


「いやいや、中学からの仲やしね?」

「そ、そうそう」

「まぁ、バンドもやってるしね?どうよ、うまくいきそう?」

「えっ?」

「ほら、バンドってさ、色々と相性ってもんがあるじゃない?」


 何か含みがありそうな言い方をする舞奈。


「舞奈ちゃんは、バンドは?」

「募集中~、キーボって割と地味にバンドじゃ重宝すると思うけどねぇ」

「うちらと一緒には?」

「誘ってくれるのは有難いけど、ちょっと前に沙月と組んでたしさ」

「なんかあったと?」

「あはは、別に。でもさ、ほら、天然と天然って平行線じゃん?」


 何かあったな。といちごは思った。


「しかも天然が3人も揃うとしっちゃかめっちゃかよ?」

「……まさか」

「庸平よ」


 確かに、と寂哉は超自由人の庸平の顔を思い浮かべた。かなりの凄腕だろうが、曲者である事は確かだ。


「あ、ちょっとちょっと」


 舞奈は手招きをする。


「どこ連れていくと?」

「ちょっと、いいとこよ」



 舞奈はいちごと寂哉を連れて校舎の階段を駆け下りた。向かった先は購買だ。グラフィティアート風の看板の向こうに、痩せた男が一人、あの人は……


「ハリーさん」

「お、いらっしゃい。どうした?」

「余ってない?」

「余ってない!」

「……だって!」

「何のことかさっぱりとけど!」


 ハリーさんはいちごと寂哉をねめつけるようにじろりと見ると言った。


「高入組かい?」

「まぁね」

「そか、学校には慣れたかい?オレは購買のリーダー、ハリーって呼んでくれ」

「え?リーダーって、他にいらっしゃるんですか?人」

「オレしかいねぇ!」


 ハリーさんはがははと笑い出した。


「お、そういやさっき試作した奴があんだけどよ、食うか?」

「えっ?いいとですか?」

「よかよよかよ~、ん~よかねぇ博多弁。萌える~」


 いちごは苦笑いした。ハリーさんは奥から2個のパンを取り出す。


「ほら、ハリー特製のバターチキンカレーパンだ」

「うわっ、美味そう!」


 フォカッチャの生地風の白いパン生地に、ハリーさん独自のスパイスの効いたバターチキンカレーが入っている。


「まだオレも食ってないけど、きっと飛ぶぞ」

「いただきます!」

「し~っ!黙って食えよ」


 寂哉はパンに齧り付いた。いちごもはむっとパンに噛みつく。


「やっべぇ、美味い」

「辛さもそんなじゃないし、コクの凄かぁ」

「んだろ?特別だぜ?」

「でも、野試合に勝たないと食べられないんじゃ……」

「まぁそうだな。でもよ……」


 ハリーさんは呟くように言った。


「なんか、あんたらには感じるもんがあんだよ。だろ?お嬢ちゃん」


 舞奈はにっと笑って頷いた。



 

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