♯3-3
いちごはあの時の事を思い出す。あの超然とした立ち姿。でも、なぜあの時自分に声をかけてくれたのだろうか?
「しかも、生徒会長だよ」
「せ、生徒会長??」
「そ、MVMであるバンド【Charm】のベース、ボーカルであり、生徒会長。だから校歌斉唱の時はあの人のバンドが校歌を演奏するの」
――ガンズだけど。いちごは訊いた。
「MVMって、凄いと?」
「凄いも何も、全校のトップだよ?学費は免除になるし…あのバンドは2年連続のMVM」
沙月が口を開いた。
「過去1回、中1からず~っと、1曲だけでMVMに君臨した人がいたって、ハリーさんに訊いたことがあるな」
「い、1曲?」
「謎なのよ。その人はどうやらバンドじゃなかったって」
「バンドじゃないとに?なんでよ」
「いや、それも謎。基本的にバンド必須なのに、そのMVMは例外で……」
「卒業の時に作った2曲目の音源は、そのあまりのクオリティに学園長が腰を抜かしたらしいんだよ。それが、実は……」
真露が顔を近付ける。
「……盗まれたみたい」
「えっ?」
「何者かにね」
「いつよ?」
「去年らしいよ」
希望が腕を組んで椅子の背もたれに体を預けた。
「喉から手が出るくらいに欲しかったんだな。1回聴いてみたいもんだよ。なぁ寂哉」
「そうだなぁ……」
「お前、それよりバンド名決まったのかよ?」
「うっっ……それはまだ……」
☆
翌日の昼休みのベルの後、野試合が始まる。中庭に詰めかける全校生徒。ド真ん中に突っ立つMCは相変わらずハイテンションで喋っている。
その横にいるベースボールキャップが段武凛雅だろう。ガムを噛みながらポケットに手を突っ込んでいる。背後にいる佐洲がなんだかアンバランスだ。制服に着られている感が否めない。
「俺らが先攻なんだな?」
「はい!異論はないね?」
段武のバンドの対戦相手のバンド、こっちは4人組の正統派バンドだ。頷いて引き下がった。
「曲は?」
「【BASTARDIZATION】」
抜群の発音で【弱いものいじめ】と発した段武。スタンバイしたギター、ベースは膝くらいの低いポジションに楽器を構える。佐洲はドラムセットに座るとスティックをくるくると弄ぶ。
「それじゃ、【GIZA-GIZA】、お願いします!」
ギンギンに歪ませたギターのリフが中庭の空気を震わせた。
「お、ラップだ」
「日本人か?あいつは」
パーカッシブなフェイクを絡めながらもリズミカルなラップを放つ段武。やや巻き舌気味に煽るように歌う。
「すごかねぇ……希望くん」
「あのドラム、やっぱタダ者じゃねぇわ」
「佐洲くんね?」
「あぁ」
マシンガンのようなツーバスを操り、踊るようにドラムを叩く。存在感が段武に負けていない。全体的にクオリティが日本人離れしている。
「ねぇ、いちご」
「なぁに?」
真露が口を開く。
「泉センパイがあんたに話しかけた。やっぱり何か運命めいたものがあるのかもね」
「やったら、いいとけどねぇ」
「頑張ってこ」
「うん!」
演奏が終わった。段武はキャップを絶対に取らない。マイクをスタンドに戻すと拳を上に上げて背を向けた。もう片方のバンドにマイクを向けられた時だ。
「おい、俺らにはやっぱ勝てないよ」
「そうだな……」
「あれっ?まさかの?」
「演奏、できません!」
「きたぁぁ!ワンラウンドK.Oだぁ!」
M.C LUCKYがハリーさんの本日のおすすめである、餃子ドッグを掲げる。段武が相手バンドに人差し指を向けて言った。
「また来いよ。今度は俺らをギャフンと言わせるくらいの奴持って来いや。待ってるぜ」
全校生徒がわっと沸き立った。恐縮そうに餃子ドッグを手にした佐洲は段武に言った。
「俺っちの曲だぜ?勝てる訳ないってばさ」
「俺のリリックだぜ?当たり前だろうが」
「相変わらず、仲いいのか悪いのかわかんねぇなぁお前さん達はよ」
灰谷が段武と佐洲に話しかけた。甘そうなカップのバナナオーレを飲みながら。
「音楽の神ってもんは、そんなもんなのさ」
「はははっ、面白い奴だなぁ!な?伽天」
「だな、1個下には思えない」
「すまねぇな灰谷、伽天、こいつには説教しとくからよ」
「いやいや、オレらは構わねぇ、実力が全てだからな。下剋上も大いに結構ってもんさ」
佐洲は餃子ドッグをリスみたいにはむはむと食べながらそれを聞いている。
「頑張れよ」
「お前も頑張れよ」
さすがに段武は佐洲の頭を引っ叩いた。灰谷と伽天はがははと笑いながら去って行った。
「お前、あいつらが何かわかってんだよな?」
「勿論、段武さん」
「だったら……」
「俺っちの、せめてもの強がりなんすよ。見てよ、ほら」
佐洲はぺたりと座り込んだ。
「演奏より、何倍も緊張してんですから」
「お前なぁ……」
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