♯3-1


 寂哉はノートを前にして唸っていた。

バンドなんて初めてだ。それにバンド名って、今まで決めたことなんてない。いい名前がないか、ノートに書いてはぐちゃぐちゃと塗りつぶしている。


「あ~、浮かばねぇ!」

「どした?」


 ゲームを終わらせた庸平がガンコンを置いて訊いてきた。


「バンド名、浮かばないんだよなぁ」

「ふぅん、適当でよくね?」

「他人事だと思って……因みに庸平の前のバンドって名前は?」

「【緒崙庸平と森の動物たち】」

「マジで!?」

「そりゃそうだ。だってボクのバンドだよ?」


――よくあの沙月と舞奈が承諾したな……

そうだ、と膝を叩いて庸平が寂哉の袖を引っ張る。


「そういや、ライブに誘われたんだった」

「え?いつよ」

「今から」

「今思い出したの?」

「しょうがないじゃん。ボス強かったんだからさ」


――何度も戦ってるじゃないか。ただ、忘れてただけじゃね?

という言葉を飲み込んで寂哉はまたノートに向かう。


「おい、出掛けるよ」

「え?僕も?」

「決まってるじゃないか」

「訊いてないんだけど」

「いや、言ってないんだけど」

「ならいいや。僕はここにいるから」

「んな事言ったって、チケットもう貰ってんだから」


――マジか!

寂哉は身仕度を始めた。



 真っ直ぐに向かえば徒歩5分程度の近くのライブハウスではあったが、何せチョロチョロと寄り道をする庸平に連れられながら正味30分かけてライブハウスに着いた。

 

「誰が出るの?」

「友達。佐洲っていう奴がドラム叩いてるんだ」


 佐洲四郎さすしろう。庸平曰くかなりクセの強い奴らしい。

――お前が言うなよな。

 ライブハウスのドアを開くと、壁にはライブスケジュールだったり、メンバー募集の書き込みだったりと雑多なものになっている。寂哉は庸平について奥に進んだ。


「いらっしゃい」


 酒と煙草で焼けたような声の女主人らしき人がチケットをもらいに来た。


「あ、もう始まってる」

「そろそろだよ」


 庸平はども~と言いながら防音扉を開く。中から爆音のギターやベース、ドラムの音が鼓膜を刺激してくる。


「どの人?」

「今スタンバイしてるみたい」


 4人組バンドのようだ。他のメンバーは他校の生徒だろう。見たところ、高校2~3年のようだ。ドラムセットに座った佐洲は黒髪の坊ちゃん刈りをしたぶ厚い眼鏡。サスペンダーなんかさせたらばっちり似合いそうだ。


「彼は巧いの?」

「ヘタじゃないよ」


 MCが始まった。


「んどもぉ!【馬刺】でぇす!」

「なんじゃその名前!」

 

 バンド【馬刺】のボーカルがスタンドから声をかけた。バンド名は微妙だが、坊ちゃんはかなりのイケメンだ。


「んじゃ、挨拶代わりに1曲かましますか。皆さんお手を拝借!」

「ん?」

「【皆さんお手を拝借】が曲名らしいよ」


 高速のブラストビートを叩き出す佐洲。名前と曲名はイマイチだが、曲調は高速のメタルコアだ。頭を上下にバンギングしながらビートを刻むベース、ギター、ボーカルは膝に手を当てたままヘッドバンギングをしている。


「ぐぉぉぉぉぉっ!」


 俗に言うデスボイスだ。あんな華奢なイケメンから超凶悪なデスボイスが発されるとは……

佐洲においては、涼しげな表情で高速のブラストビートを寸分の狂いも無く叩き出す。


「な、クセ強めだろ?」

「なっ、なんか見た目とは違って……」

「因みにこのバンドの名前もだけど、作詞作曲も佐洲がやるみたいだよ」

「……」


――曲のセンスは悪くは無いんだが、ネーミングセンスはいまいちらしい。

よく聴くと、歌詞はどうやら英語らしい。


「凄いね、全部英語の歌詞?」

「いや、あのボーカルの歌い方が英語に聞こえるだけ。だってさ……殆ど歌詞は駄洒落でできてるんだよ?デスボで濁したくなるじゃない?」


よく聴いたら、【航海に行こうかい】とか、【楯が変で立てへん】とかの駄洒落だらけの歌詞だ。

 最後にライドシンバルを叩き鳴らすと、1曲目の【皆さんお手を拝借】が終わったようだ。歓声がわっと上がるが、殆どが女子だ。ボーカルの顔が目当てか、歌詞の意味が分からなくても盛り上がれればいいと思う輩か……

 しかし、演奏はかなり巧かった。


「心苦しいですが、最後になります」

「え~っ?」

「早いよ~!」

「有難う、じゃ、最後の曲に行きますよ。え?まだ最後には早いって?しょうがないなぁ、じゃもう1曲やっちゃおうかな?」


 わっと歓声があがった。庸平が言う。


「因みに【え?まだ最後には早いって?しょうがないなぁ、じゃもう1曲やっちゃおうかな】が曲名だから」

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