♯1 沙月side
高校からの新入生はあんぐりとしているが、中学持ち上がり組のあたし達にはもう既に結果は分かっていた。あたしは伽天先輩と灰谷先輩が美味そうにエビチリバーガーを食べる姿が浮かぶ。
「さぁ、結果発表だ!【STARSHAKER】が勝ちだと思う奴ら、make some noise!!」
わっと湧き上がる生徒。あたしは窓のへりに肘を置いて目を落とす。
「それなら【shining quarter】が勝ちだと思う奴ら!make some noise!!」
割増の湧き上がりを見せる校舎内。まぁそうなるよなって、正直思ってた。
「WINNERは【shining quarter】!持ってけエビチリバーガー!」
当然のように手を挙げながらエビチリバーガーを手にする灰谷先輩。あたしは窓辺から後ろに身を移す。
にやにやしながらこっちを見ているのは舞奈だ。舞奈はあたしの小学校からの親友だ。子供の頃からずっと音楽付け、ジャズバーを経営する母と、ジャズピアニストの父。子守唄みたいに【A列車で行こう】を聴いていて、玩具を扱うようにドラムを叩いていたあたしに、ロックを教えたのが舞奈。
舞奈ははっきり言ってピアノがめちゃくちゃ巧い。あたしは舞奈が弾いてくれたイーグルスの【デスペラード】に感動して、もっとロックが知りたいと思ったんだっけ。
この学校に入ってからは一緒にスタジオに入って演奏して遊んでいた。だから随分あたしもドラムが巧くなったんじゃないかな?
「ねぇ、沙月?」
「どしたの?」
「思い出さない?あれ見て」
「何を?」
「エビチリバーガー」
「あたし、食べたことないよ?」
「からの…ハリーさんのパンだよ」
「そっちかぁ、そういえばあったね?」
「野試合の勝者しか食べられないのにさ」
――野試合が終わって、本日のおすすめパンの提供が終わったハリーさんに呼び止められたんだっけ。あの日は
「よ、おふたりさん」
ハリーさんは購買のお兄さん。ちょっと痩せすぎかなって思うけど、何というか佇まいが落ち着いてて大人な感じ。
「どうしたんですか?」
「いや、いつもなんか仲良いからさ。見てるとなんだかほっこりしちまうんだよな」
「そ、そうですか……有難うございます」
「なぁ、君達はロックが好きでこの学校に入ったんだよな?」
「もちろんですよ?」
ハリーさん、判りきったこと訊くんだもん。
「オレはな、ロックって聴かないんだよ」
「んなら、なんでこの学校にいるんです?」
舞奈、ちょっとぐさっとくる。
「オレはロックを聴かないだけ。ロックってのはな、感じるもんなんだよ。例えばこれな」
さっき野試合の勝者に渡した本日のおすすめのパン、餃子バーガーだ。
「中華の餃子。そこに決して相容れない洋風のパン、その2つが生み出す陰と陽のマリアージュ。これにロックを感じるよな?」
「うん、めっちゃ感じます!」
「適当なこと言うな~」
舞奈が突っ込みを入れた。だろ?と言いながらハリーさんは何かを取り出してきた。
「丁度な、新製品の試作をしてたんだよ。これだよ」
ハリーさんが取り出したのはトースト。いや、間にチーズが挟まってる。これはまさに……
「ピザトーストサンドだ。オレ特製のトマトソースにサラミ、ベーコン、スライスピーマンに細かく刻んだハラピニオをちょっと。チーズを挟んでるこのパンはオレがピザトーストサンドの為に徹底してこだわった粉の配合」
「え?食パンも手作りなんですか?」
「あったりめぇよ!これがロックってもんさ。わかるだろ?」
「はい、めっちゃ!」
「嘘言うなし!」
舞奈、またきっつい突っ込みを入れてきて……
「おふたりさんにあげるよ。とりあえず食ってみな。飛ぶぞ」
「いいんですか?」
「あぁ、試作だから感想知りたいしな。」
あたし達はちょっと齧るのが大変なあつあつのピザトーストサンドを齧った。
「どうだ?五臓六腑に沁みるだろ?」
「んも~~っ!」
「なんだって?」
「うま~いって言ったんじゃないですか?すっごく美味しいです、これ」
「だよな?よかったぁ。なら明日はこいつに決まりだ」
ハリーさんは笑いながら、こっちに話しかけてきた。
「特別だからな、皆には言うなよ」
「はい!多分言いません!」
「多分か~い」
――その事を思い出して2人で笑った。頭の中にはあの日の試作品のピザトーストサンドの味がまだ残っている。
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