♯1 真露side
はっきり言って、相手にならない。よく聴いたらベースは音がびびってるし、ドラムは及第点だが、ギターはただ歪ませて誤魔化してるとしか思えない。せっかくのいい曲なのに。アタシにはもう、今度の結果は見えた。
「よっしゃ。いきますかね」
【shining quarter】のスタンバイができたようだ。このバンドの演奏が始まると、去年の春を思い出す。あの日も、本日のおすすめはエビチリバーガーだったっけ……
――1年前、アタシは窃盗に遭い、昼食を買うお金を奪われてしまった。完全に無一文。我慢してアタシは野試合を観ていた。お腹が空いてしょうがなかった。朝からミルク以外何も口にしなかったからだ。
「WINNERは【shining quarter】!ハリーさんのエビチリバーガーはお前らのもんだ!」
メンバーは全員、エビチリバーガーを手にして中庭から校舎に入ってきた。出入り口近くに立っていたアタシは偶然、ボーカルの灰谷さんと目が合った。
「……」
「どうしたんだ灰谷、行こうぜ」
「伽天よ、オレ今日学校フケるわ」
そう言うと灰谷さんはエビチリバーガーをアタシに差し出してきた。
「え?何で?」
「なんつかさ、オレ今気分じゃねぇんだ。食ってみなよ。飛ぶぞ」
「ダメですよ!ダメダメ」
「めんどくせぇなぁ、もったいねぇだろ?オレ、今日はサブウェイでターキーブレスト食いたいんだよ」
押しつけるように灰谷さんはアタシにエビチリバーガーを手渡してきた。
「……狙ってる奴もいっから、バレねぇようにな」
灰谷さんはそう言うと去って行く。アタシは灰谷さんに頭を下げて、エビチリバーガーを齧った。やばいくらい美味しかった。今までも、そしてこれから食べるどんな物にも勝るくらい……
翌日、隣のクラスの男子が頬を腫らしてお金を返しに来たっけ。
「お待たせしました【shining quarter】!今日ぶちかましてくれる曲は?」
灰谷さんは笑って言った。
「皆、さっきはタテ乗りでダンスしたよな。ならオレらはちょっとオシャレにいくぜ」
「おっとぉ!なら今日の曲は?」
「【アイオライト】だ、よろしく!」
女子から男子から歓声が上がった。あの日も確かこの曲を演奏してたっけな。
伽天さんのジャズベから柔らかい音が響いてる。ホントにこの人のベースは変幻自在だ。パン1なことを忘れさせるくらいに。
「うわぁ、あん人かっこよかねぇ」
「そうかな?」
いちごにはだろ?って言いたかったけど、何だか言いたくないのがアタシの悪い癖みたいなものだ。この曲はKbが特にぶっ飛んでていかしてる。聴いてると自然に体が左右に動いちゃうくらいに。それを抜群のリズム感と跳ねるような歌唱で表現する灰谷さん。
――お前のギター、すげぇな
――大丈夫。オレが認めてやっからよ
灰谷さんの言葉がリフレインする。この曲を聴くといつもそうだ。泣きそうになってしまうけど、ぐっとこらえる。
「これがML学園かぁ、すごかとこに入学したとねぇ」
「あんた、楽器はなんか出来るの?」
「え?うち?」
「あんた以外誰がいんのさ?」
「うちは、なんも……」
「歌は?」
「まぁ、好き」
「なら、組まない?アタシ、ギター弾くから」
いちごは目を真ん丸にしてこっちを見ている。
「そんな目で見んじゃないよ。ほら、終わるよ」
【shining quarter】の演奏が終わった。喝采。最後にあのMCが結果をオーディエンスに訊くが、もう勝負は決まったようなもん。
――絶対王者は伊達じゃない。
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