第3話 誕生日
今日は俺の誕生日である。だからといって特別なことは特に無いが、学校から帰ると、ポストに一通の封筒が入っていた。差出人は市役所だった。とうとう来たのか――俺の胸は高鳴った。自室でカバンをベッドへ放り投げ、ペーパーナイフで封筒を開けると、二枚の紙が入っていた。一枚はホロスコープの画像に、各惑星の度数が記入され、その度数の抽象的な意味が書かれた物だった。もう一枚にはホロスコープを元に解明された俺の人生のテーマが書かれている。俺は静かに書かれている文字を追った。
幼い時に両親の離別という不条理を味わって、人の悲しみを知る事、母親を許す事が子供の頃のメインテーマだった。大人になってからも、女性関係は上手く行かず、自分とは異なる性の存在を理解し、上手く行かないことを受け入れて許す事がメインテーマとなっていた。結論から言えば、俺にはこの先幸せな結婚生活など無い、という事だった。ただし、不確定要素が一つだけあり、それは現在のホロスコープ解読技術を持ってしても解明されていなかった。海王星のエネルギーがその不確定要素を司っており、ホロスコープの度数も未知への期待、という度数であること以外は解明されていない。役所としては、不幸な運命を背負った俺に同情するが、運命は決まっているし、くれぐれもホロスコープ通りに人生を全うするよう望む。未知の度数については、そもそも未知なのであるから説明のしようがないが、辛い運命にあって、そこに少しばかり期待しても良いのかもしれない。
以上が通知の内容だった。俺は通知を二度読んでから机の上に置くと、ベッドへ転がった。絶望感にうちひしがれながら天井を見詰めていると、涙が溢れてきた。子供の頃だけでなく、大人になってからも幸せな結婚生活は送れない――この通知は俺を打ちのめした。まだ高校に上がったばかりで、彼女さえ居ないというのに、今から女に絶望しなければならないとは。余りに惨すぎやしないか? だが、一縷の希望があった。海王星の度数だ。
未知への期待――
これは何だろうか? 考えたって分かるものではないが、この度数に救いを見出だせるかも知れないと俺が思ったって、不思議ではないだろう? 俺はその日、父が買ってきたケーキにも手をつけずに、早々と眠りに就いたのだった。
半年後、何と俺にも彼女が出来た。自分でも驚きだったが、経緯はこうだ。学校に向かうバスの中で、いつも俺より一つ先のバス停から乗って来る少女がいた。少し赤茶けた髪に透き通るような白い肌をして、いつもバスに乗り込むとカバンから今時珍しい紙で製本された小説を取り出して読んでいるのだった。俺は何とかして、彼女がどんな小説を読んでいるのか知りたかった。頭に例の役所からの通知がちらついたが、ある時勇気を出して彼女に声をかけてみた。
「あの……いや、もし差し支えなければ、その本読み終わったら貸してくれないかな?」
少女は少々面食らった顔をして俺を見上げると、少し頬を赤らめて、
「ええ、良いわよ」
とだけ言った。その時の俺はかなり舞い上がっていたのだと思う。肝心の少女の名前やら、クラスやらを訊ねるのをすっかり忘れていたのだった。後になってから、突然俺にあんな風に声をかけられて、彼女は怪しんだかも知れない。明日からもうあのバスには乗って来ないかも……等と不安が胸を旋回した。
だが次の日も彼女はバスに乗って来た。俺は内心ホッと胸を撫で下ろして、彼女があの本を読み終わるまではそっとしておこう、と心に決めた。数日後、彼女はいつものようにバスに乗り込むと俺を探して、本を差し出した。
「ありがとう。いつまでに返せば良いかな? それと……君の名前とクラスを教えてくれないか? 俺は
「私も一年生よ。Aクラス。名前は、
清美はそう言って微笑んだ。
本はガルシア・マルケスの『百年の孤独』だった。名前はどこかで聞いたことはあるが、読んだ事はなかった。内容はとある街の百年の繁栄と滅亡を神話的に描いた物で、エピソードに次ぐエピソードという感じだが面白かった。最終的には街は近親相姦の罪のために滅ぶのだった。俺は俄然清美に興味を持ち始めた。こんな風変わりな、面白い本を読んでいたとは、彼女のいかにも大人しくて清楚な見た目からは想像もつかなかったからだ。俺は彼女となら、上手く付き合っていけそうな気がした。
本を読み終わった俺は、放課後すぐにAクラスに駆け込み、清美を探した。教室には疎らに生徒達が帰り支度をしている。清美は後ろの方の席で、カバンに教科書を詰めている所だった。俺は焦る心を出来る限り落ち着かせながら清美に近付いた。
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