第15話 レーシャさんの秘密



 その日、私は一大決心をした。


 それは何故か。

 レーシャさんへの恩返しの為だ。


 これまでの事を考えれば自然の事だろう。


 いつも彼女には夕食の取り置きでお世話になっていた。

 なので、親切されてばかりだと心苦しくなった為、ちょっとしたお礼をしようと思ったのだ。


 私情報によるとレーシャさんはクッキーがとても好きらしい。


 だから私は、恩返しの為にレーシャさんの彼氏さんにもっと正確な好みを尋ねる事にした。


 心の中でだけ呼ばせてもらっている彼氏さんは、時々食堂に遊びに来てはレーシャさんにちょっかいをかけて出て行くので、遭遇率はそれなりに高かった。


 ごくたまに、遠くから小さな女の子がストーキングしてたり、知り合いの人らしい女の人に報告書の仕上げをお願いされたりしてるが、まあそんな事はどうでも良い。


 転生者さんはやはり普通の人とは器が違う様で、大変おモテになられているようだが、今は関係ない事だろう。

 そういう時にはレーシャさんが厨房から殺気を放つので、あんな素敵な彼女を持っているだからぜひともやめていただきたいとか彼氏さんに言いたくなるのだが、ここも関係ない。こらえる事にする。


 早速とばかりに、件の人が食堂に現れたからだ。


「あのー、転生者のフェイスさんでよろしいでしょうか」

「ん、何だ? ん……?」


 声をかけると、その人はこちらを見て首をかしげた後、なぜだか物凄く機嫌が悪そうになった。


 おかしい、よく分からないが対応間違えたかもしれない。


「あ、いえその間違いましたごめんなさい、悪役(令嬢の彼氏さん)のフェイスさん」


 あ、殺気が目の前からぶわっと。

 早口で謝罪をすれば、変な省略をしてしまってこちらは冷や汗を流すしかない。


 レーシャさんはともかく登場人物と話すのは慣れてないので、舌の活動がおかしな事になってしまった。悪役だなんてそんな事を言われたら誰でも怒るだろう。


 レーシャさんが気安いからその彼氏さんも大丈夫だろうと思ったが、やはり初対面の人に馴れ馴れしく話しかけるべきではなかったのかもしれない。


「すすす、すみません! とって食べないでください! 大変失礼いたしました。フェイスさんの名前って、恰好良いですね。あはは、素敵だと思いますよ。何というか語呂が良いと言うか。仮面の男みたいで謎めいていて素敵に思えると言うか……。ひっ、もう勘弁してください!」


 フォローの言葉は失言の連続だったようだ。

 殺気がみるみるうちに膨らんできて、私はいよいよ助命嘆願をしなければいけない雰囲気になってきたので、涙目になるしかなかった。


 と思ったら、殺伐とした空気が一瞬で霧散し、相手に苦笑された。


「はは、いやごめん。悪かったよ。勘違いって分かってたんだけど、つい怖がらせちゃったよな。何の勘違いをしてるか知らないけど、俺の名前はツェルトな。俺の彼女が世話になってるから悪い奴じゃないって分かってたんだけど、俺もまだまだだよな」


 何がどうなってるか分からないが、とにかく許しては貰えたらしい。

 もしかして、人物の名前を憶え間違いしていたのかもしれない。

 それだったらとんでもない恥だ。

 もしかしたら彼氏さんは、名前を勘違いされる事が許せない人なのかもしれない。


「すみません、もう二度と間違えませんから!」


 私は必死で謝まり冷や汗を掻きながらも、しかしこの機会をのがしてなるものかと頑張って、例の話を口にした。


 後に、殺気の原因を調べにきたレーシャさんの方が転生者で、彼氏さんの名前はツェルトさんという名前だという事が判明したのだがその時はまだ知らない事だった。


 レーシャさんはレーシャさん自身が努力をして、自分の運命をうち破ったらしい。

 

 カッコいい。

 尊敬した。あと惚れそう。


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