第8話 ヒロインと悪役の恋バナ



 ここのところ普通に片付けたり、体調管理不足などだったりで早めに任務が終わるので油断していたが、やはりそういう日はそうそう続かない様だった。

 私はまたもや、夕食の時間を逃してしまった。


 だが、以前のように一人寂しくご飯を食べるようになる事にならないのが救いだ。


 久々の激務に空腹を感じながら食堂にいくと、そこにはレーシャ(悪役令嬢)さんの姿と、いつも遠くからしか見た事のない乙女ゲームのヒロインである女性騎士……アリアさんの姿があった。


 アリアさんはレーシャさんほどではないが、この王宮ではかなり有名な人だ。

 数々の功績を残し、困難な任務を達成し続け、レーシャさんに負けず劣らずの実力を兼ねそろえた騎士であった。


 外見で見れば、普通のか弱い少女にしか見えないのだが、芯は強く立派な人なのだ。

 私とは比べるべくもない。

 彼女のような人が、レーシャさんの友人にはふさわしいだろう。


「ステラさん、どうして言ってくださらなかったんですか。私もステラさんの料理食べたかったです」

「ごめんなさいアリア、貴方がそんなに食いしん坊だなんて思わなかったのよ」

「え、違いますっ。私は料理が食べたいんじゃなくて、ステラさんが作った料理だから食べたいんです」

「そ、そうなの? ええと、それは嬉しいけど」


 二人は大層仲良く会話している様だ。

 この乙女ゲーム世界のヒロインは、なぜか悪役令嬢と仲が良いらしい。


 一体何があったらそうなるのか皆目見当もつかないけれど、例の転生者仲間らしき人がきっと何かしたのだろう。


 それからも二人は、長年の付き合いを経た友人のように会話していく。


 アリアさんは、レーシャさんの努力が羨ましくて仕方がないようだ。


「でも好きな人に食べて欲しくてお料理の勉強をするなんて、ちょっとその気持ち……分かる気がします。私も、クレウスの為に教えてもらおうかな」

「それはよした方がいいわ。アリアはちょっとドジな所が……じゃなくて、二人も新人が増えたら食堂の人が面倒をみきれなくなってしまうかもしれないし」

「そうですよね。残念です」


 会話を考えるに、それぞれ二人ともに恋の相手がいるようだった。

 レーシャさんのお相手はこの間見た鳶色の髪の男性……フェイスで間違いないだろうが、ヒロインのアリアさんの相手は一体誰なのだあろうか。


 乙女ゲームではヒロインの攻略対象は三人いて「クレウス」「ヨシュア」「レイダス」が候補に上がるのだが……。


 よく騎士達の間で噂があがるのは「クレウス」だ。

 かなりの確率で一緒にいるところを目撃されたとか。


 うらやましい。


 二人の恋バナに交ざりたかったが、そっと聞き耳を立てるだけにとどめた。

 今のレーシャさんはステラさんだし、出て行ったらややこしい事になるに違いなかった。

 それに……。


 下手に出て行ったら、自分にダメージが返ってきかねない。

 話を振られたら、大変だ。


 だって私には、今相手がいないのだから。

 恋人募集中の身に恋バナは辛い。


「そういえば、ステラさん。この間ニオさんが熱を出したって」

「そうね。幸いすぐ良くなったみたいだけど、その時のエル……あの人の慌てぶりは見てて気の毒だったわ」

「幼なじみですからね。でも、その後にパスタがどうのとか言ってましたけど。どうしたんでしょう」

「あ、なるほど。それで厨房が……」


 別の話題に話がうつってキリの良いところになるまで、私はじっとその場で待っている事にした。

 しかし、英雄ともあろう人が話を何度も盗み聞きされるというのは正直どうなのだろうか。


 まさか気づいててわざと見逃している……なんて事はないだろうけれど。


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