第9話 白米
私は、恋人がいない一人身の女性です。
別に、前回の話題が尾を引いているわけではないのだ。
これはそう、ただ仕事が疲れただけで、変な事を口走っているだけだ。
「……って、私は一体誰に言い訳しているのだろう」
とりあえず、私はいつも通りに遅い時間に食堂にへとやってきた。
今日のメニューは何だっただろうかと、厨房で明日の仕込み作業をしていたレーシャさんに声をかけるのだが、なぜかいつもより準備に時間がかかっていた。
待つこと数分。
あらかじめ少し時間をとるかもと、聞かされていたのだから良いのだが、一体どうしたというのだろうか。
不思議に思っていると、レーシャさんの準備が終わったらしく、席で待っていた私の元に食事を運んできてくれた。
「これ、東の国の文化とかが好きな知り合いがいたから、彼が取り寄せたのを少しもらってきたの。最近元気がないようだったから、特別にね」
そう言ったレーシャさんに「他の人には内緒で」、と通常のメニューと共に出されたのは白米だった。
白い米。
白い食べ物。
白米だ。
白米である。
白い米とかいて、田んぼで育って収穫して、食器にしゃもじで盛るあのお米である。
前にお米がというものが東の国にあるらしいから食べてみたいと私が言った事があるのだが、彼女はそれを覚えていてくれたらしい。
「れ、れ、れ」
「れ……?」
「レーシャさん!」
私は感激のあまり、一瞬我を忘れて叫び声をあげてしまった。
何という事だろう。
もてない独身女性が陰でこっそりいじけて、ちょっぴり僻んでいたというのに、そんな私を気にかけてくれる女性がいたなどとは。
レーシャさんは女神なのだろうか。
「ありがとうございます。レーシャさん、いえ、女神様」
「め、女神様……!?」
私はひとしきりよく分からない感じの感謝の言葉を述べた後、本来の主役の食べ物そっちのけで白米にありつく事にした。
この世界に転生してから、白いお米を食べた事が無かった。
けれど、前世の記憶があるので、時々無性に食べたくなって仕方がなかったのだ。
ひょっとしてこのサプライズは、この前料理長が言っていた伝言の事なのだろうか。
そうだとしたら、嬉しすぎる。
私はその時ばかりは食前の祈りも忘れて、器に盛りつけられた白米を口の中にかき込んだ。
マナーとかも一時的に忘却していたので、ちょっとレーシャさんに引かれてしまったが。
「――これは、お米!」
「え、ええお米だと思ったから、用意したんだけど。何だかニオみたいな事言うわね」
一口食べてみて、お米だと言う事がすぐに分かった。
お米のフリをした何かではないのが凄く感動的だった。
小さな粒を噛みしめるように大事に食べれば、甘みが出てきて美味しい。
シンプルで目を引く様な特徴があるわけでもないけれど、素朴な味わいが安心感を抱かせる。
半分ほど食べてから、ようやく本来の食事をおかずにする事を思い出したくらいだ。
この唐突な出会いには驚いた。
お米の一粒の残さず真剣に食べたのは、記憶にある限りこれが初めてかもしれない。
「ありがとうございました」
食事を頂いた事に感謝したあとで、そういえば最初の祈りがまだだったことにようやく気が付いた。
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