第34話 あたし、演劇部を辞めます
「あの……七海さん。さっき八田さんが言ってた、わたし達が本番で転換をミスしたら、坊主にするって話は冗談ですよね?」
「えっ、んーと……」
七海さんは、心底困った顔をした。
そこは否定してください。お願いですから。
「実は烏丸や奥寺、その他にも八田に坊主にされた被害者は少なからずいるんだよね」
--でも、女子はいないんでしょ?
「うん、いない」
ほらね。そりゃ、そうでしょうよ。罰ゲームで女子まで坊主なんて話は聞いたことがない。そんなのSNSが大炎上しますよ。
「でもね、あの八田があなた達にも本当に手を出さないかって言われると……。大丈夫、ミスしなきゃ良いんだよ。そのためにも、うんと練習しよ!」
七海さんは、胸の前で小さくガッツポーズをした。
--だめだ!
だめだ、だめだ、だめだ、だめだ、だめだ! 逃げよう、ありえない! だって、わたしは女の子ですよ!
坊主だなんて正気の沙汰とは思えない。でも、一体どこまで逃げれば良いの? もう、演劇部を辞めるくらいじゃ……転校? まだ入学してから二ヶ月しか経ってませんよ、神様。
お母さん、きっと泣くだろうなあ。わたしがちょっとレベルの高い学校に合格したからって、近所に言いふらしてたもんなあ。
いや、ちょっと待て。鬼婆のように髪を振り乱し、
「あんたを殺して、わたしも死ぬ……!」
とか、言いながら包丁を手にする母親の姿が思い浮かぶ。
ひいいいいっ! ある! 十分にあり得る!
『幸せな一般家庭に起きた真昼の惨劇! 母娘、無理心中--原因は娘の高校生活に!?』
俗物的なワイドショーのテロップが踊る。
「この春から娘さんが、とても良い高校に入学されたとかで……。ここだけの話、相当無理をされてたみたいで授業についていけてなかったんじゃないでしょうか」
とは、近所に住む方の証言。
「亀岡ちゃんはホント、
とは、生前彼女が所属していた演劇部部長。
「そんなカメいたような、いなかったような……」
とは、美人すぎる金髪演劇部員Aさん。
--なんて面白おかしく勝手な真相を、でっち上げられたらたまったもんじゃない! それにわたしのような被害者を今後生まないためにも、百獣の王様の悪事を遺書にしたためておかなくちゃ。それがわたしの最後の使命。遺影は……わたしの笑顔の写真なんかあったっけ? 中学の卒業アルバムの半目になってる写真だけはやめて!
楽しかった思い出が走馬灯となって頭の中を駆け巡る--が、あまりの少なさに早々に終了してしまった時、美人すぎる金髪演劇部員Aさんが、手にしていた戯曲を地面に叩きつけた。
「兎谷さん……?」
七海さんが心配そうに声をかけた。
「やってらんない」
ウサコは絞り出すようにそう言った。
「どういうこと?」
「あたし、演劇部を辞めます」
「えっ、ちょっと待って!」
ウサコは七海さんが止めるのを無視して、この場を離れようとする。その腕を、八田さんへの恨み節を何度も練り直していた、わたしが掴んだ。
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