第33話 立ち稽古 その③
「どうもー! みなさん、コンニチ渡る世間は……お兄ちゃん! 早く起っきしないと朝ご飯冷めちゃうよぉ。ワタクシ、銀河亭アルフェッカと申しまするぅー!」
はっきりとクリアな発音。よく通る声が響き渡った。
七海さんが演じるアルフェッカは、テーマパークでアトラクションを盛り上げるMCのお姉さんのように、気持ちの良い笑顔を振りまいた。
「そして、こちらがエイリアンのプレアデスくんでーす!」
「ゲッゲッゲッ! げひゅお、げひゅお! きゅうるるるるー!!」
烏丸部長が演じるプレアデスは奇声を上げながら、変則的な動きで所狭しと駆け回った。
--この人達、誰?
まるで別人のような、セリフさえ覚えれば明日にでも本番を迎えられるんじゃないかと思うくらいに完成された二人の演技だった。ああ、烏丸部長は普段からこんな感じかな……。
烏丸部長が、わたし達の代わりに演じて見せることに乗り気じゃなかったのも頷ける。わたし達が自信を喪失してしまうのを心配したのだろう。
わたし達は皆んな、ただの一観客となり、《アルフェッカとプレアデスショー》は大盛り上がりのうちに終わった。
「アホや! コイツら!」
八田さんは、手を叩いて機嫌良く続けた。
「ええやん、ええやん! これで、あの恥ずかしい衣装を烏丸が着るんやろ? 本番が楽しみやわ!」
「だから、俺は出ないっつうの!」
烏丸部長が顔の前で手を振った。
「なんでや? 本番もお前らがやったらええやん。なあ、小物! お前もそう思うやろ?」
わたしの意見なんて聞くまでもないでしょ……本当に良い性格をしてるわ。
百獣の王様の魔の手は、当然のごとくウサコにも伸びる。
「おい、似合わへん金髪の田舎もん!」
--なっ……。
ウサコは暗い目で八田さんを仰ぎ見た。
二人の視線が交差する。
「……田舎もん?」
「あ? なんか文句あるっちゅうんか? 間違いなく、お前は田舎もんやんけ!」
なるほど。外見がほぼパーフェクトなウサコを
長い田舎暮らしで培ったわけではないだろうが、ウサコの天真爛漫というか大雑把な性格は、時にバカっぽい印象を与える。いや、事実バカだ。
そうか、二人は兄妹だったっけ。八田さんは、ただウサコの育ちを罵っているに過ぎない……でも、いきなり「田舎もん」なんて無茶苦茶だ。
二人の関係性を知らない烏丸部長と七海さんは、呆気にとられていた。
「もうええやろ、役者できんでも。烏丸とナッちゃんに代わってもらえや」
制服を着た理不尽はウサコを見下ろした。
「……良いんじゃないですか? それで」
「--っ!?」
わたしは、ウサコの口から出た言葉に耳を疑った。
「何を言ってんのさ、兎谷ちゃーん! 俺たちが出てどうすんのさ!? また、お前らかよ! もう見飽きちゃったよって言われちゃうよー! ねえ、ナッちゃん!?」
烏丸部長と七海さんが、慌ててその場を取り成そうとする。
「そうそう! 烏丸の演技はくどいから、あんまり見てると胃もたれするって評判なんだよぉ」
「なんで、俺だけなんだよ! ナッちゃんの演技も結構くどい所があるぜ!?」
「わたしはくどくなんかないもん!」
その間、八田さんは長髪を逆立ててウサコを睨み続けていた。
ウサコは唇を真一文字に結び、もう目も合わそうとしなかった。
「アホが。お前らが役者やるんは百年早いて言うたやろが! 《転換ズ》は転換のことだけ考えといたらええんや! お前ら、わかってんやろうなあ? 本番で転換をミスしたら、全員坊主やからなあ!」
「はあ!?」
わたしは叫んだ。
「いや、ちょっと待ってください! 本気ですか!?」
「お前は最初から失敗した時のことを考えてるんか? そういうところがお前はあかんのや、小物!」
八田さんはわたしを一喝してから、
「優しい俺は、男女差別はせえへんからな」
と、不気味に微笑んでおっしゃった。
--えっ? えっ? えっ? 何を言ってるのか、さっぱり分からない。この人、今日本語を喋ってる?
「ハイハイハイハイ……終了ー!! 今日の練習はここまで! 明日は休みの予定だったけど、明日も練習しよう! ね、そうしよう!」
烏丸部長がわたしと八田さんの間に割って入る。
「八田、ちょっとこっち来い!」
「なんやねん」
「良いから来いって!」
烏丸部長は嫌がる八田さんの腕を掴むと、強引に何処かへ引っ張って行ってしまった。
あれ……? 「なーんちゃって!」とかないの? 全然、笑えないんですけど。ねえ、七海さん?
「……じゃ、部室に戻って着替えよっか」
ん? 七海さん、セリフを間違えてますよ?
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