第31話 立ち稽古 その①

 そんなわけで、わたしの元にも六月公演の戯曲『鯖街道殺人事件(仮)』が転がり込んでくるはめになった。本番まで、残り二ヶ月を切っている。

 記念すべき初舞台、わたし達新入生に与えられた役は、コメちゃんが芸能プロダクションのマネージャー、わたしがタレントその1、ウサコがタレントその2、だった。


 舞台はとある行楽地の山荘。そこで発生した不可解な連続殺人事件に名探偵が挑む、本格ミステリー芝居ということだ。わたし達の役どころは、仕事でその山荘に赴いたという設定で、宿泊客相手にネタを披露した後に死体で発見されるらしい。それも早い段階で。つまり、わたし達の出番はコントシーンだけで他の役者と直接絡むことはない。ああ、コメちゃんは少しあるか。


 ストーリーとは全く関係のないところでのコント。奇遇にも、好きな分野であるお笑いの真似事ができるわけだけど……。この役で演劇的自分革命ドラマチックマイレボリューションは成し得るのだろうか。


 コメちゃんが演劇部に入った目的は、元々、舞台上にはないのでそんなことはなかったが、わたしとウサコはあからさまにガッカリしていた。それでも幕は開くのに……。


   ◯


「ど、どうも……! みなさん、コンニチ渡る世間はお兄ちゃん……早く起きないと朝ごはん冷めちゃうよー。えー、ワタクシ、銀河亭アルフェッカと申します。そして、こちらがエイリアンのプレアデスくんです……」


「ゲゲゲ……」


「……みなさん、お気づきの通り、ワタクシは宇宙からやって参りましたー。プ、プレアデス星団というのをご存知でしょうか? そこがワタクシ達の生まれ故郷になります。そ、それはもう地球からは遠く離れておりまして……七十、二光年で。あっ、です……! 七十二光年。特に大事じゃないけど、2回言ってみました。あっ、今日はプレアデス星団大阪出張所から来ましたので、特急電車を使ってだいたい二時間くらいで済みましたけど……」


「シャー」


「えっ? あ、こらっ……! もう、ごめんなさい。プ、プレアデスくんは綺麗な人を見ると興奮しちゃうんです? ワ、ワタクシと一緒にいるときは、いつも本当に大人しいんですけどねーって、オイ……!」


「ゲゲゲ……」


「そ、それでは参り--」

「ハイハイハイ!」

 烏丸部長が乱暴に手を叩き、わたし達の稽古を止める。

「この二人ってさあ、要するに芸人じゃん? だから、とりあえずはもっと楽しそうにやんないと! わかるでしょ!?」


 いつもの中庭に重苦しい空気がたちこめる。

 わたしは戯曲を握ったまま、虚ろな目をウサコに向けると、ウサコは腹立たしげに顔を伏せた。


「亀岡ちゃん! ねえ、聞いてる!?」

 わたしはふっと我に返って、烏丸部長を見た。

「は、はい!」

「例えばね、亀岡ちゃんの『コンニチ渡る世間はお兄ちゃん……』ってセリフあるじゃない!? こんなの奥寺がウンコしながら考えたしょうもないネタなんだからさ! 別に変えちゃって良いんだよ!? そうだなあ、『コンニチ和同開珎!』とか、『コンニチ和歌山ラーメン! でらうみゃーがやー!!』とかさあ!」


 烏丸部長は、大きく身振り手ぶりを加えながら唾を飛ばす。

「とにかく見てる人達、今は俺たちを楽しませてくれないと!」

 --そんなこと言われましても……。それと、『でらうみゃーがやー』って名古屋じゃない?


「あと、兎谷ちゃんもさあ、もっともーっと動かないと! この役はセリフなんてあってないようなもんだから、もっと自由にできるはずだよ!? いくら本番では衣装が面白いからって、今のまんまの棒立ちじゃさあ……兎谷ちゃんもやってて面白くないでしょ!?」


「……」

 ウサコは烏丸部長のダメ出しを、ただ黙って聞いていた。

 烏丸部長は、演劇部の伝説の衣装とやらを知っているようで、

「あれ、使うの!? しかも、兎谷ちゃんが着るって!? 奥寺は本当にバカだよな!」

 と、大喜びしていた。

 わたし達は、その衣装をまだ見ていない。ていうか、それ以前の問題だった。

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