第28話 百獣の王様、再び

 烏丸部長がコメちゃん、七海さんがわたしとウサコを指導する形で『百面相』をやった。

「二人とも首から上が一緒になって動いちゃってる。顔は正面を向いたまま、パーツだけを動かす。手を使っても良いから、もっとこう、グイーンとやって。グイーンって」


 いや、七海さん。そんなの普通の人間には無理です。

 鏡がないから分からないけど、はっきり言って照れもあるし、そんなに変顔にはなってないだろう。でも、もうお嫁に行けない……。


「何を言ってんの? カメは全くできてないよ」

 そう言うウサコは、妖怪化への階段を既に昇っていた。どうしてこんなのできるの?

「気合」

 と、ウサコは答えた。


 ああ、わたしには一番不足してるな、それ。

 その時、わたし達に近づいてくる大きな人影があった。

 --っ!

「おう、烏丸! 次にやる奥寺の戯曲ぎきょく読んだか?」

 百獣の王様、八田さんが肩で風を切りながら再び登場した。


 そう、あの日のことは何も解決していない。

 ウサコやコメちゃんら同級生の存在は大きい。それに加えて、人間が持つ自己防衛本能のおかげで、無意識のうちに記憶の奥底へと沈下させることができた。本来のわたしなら演劇部どころか、登校拒否していてもおかしくないと思う。


 だが、八田さんの顔を見たとたん、あの日の出来事が数分前のことのように呼び起こされた。全身を悪寒が駆け抜けて、嫌な汗が一気に噴き出す。


 八田さんは、わたし達一年生を完全に無視して、烏丸部長と話を続けた。

「場転がめちゃくちゃあるやんか。しかも、部室公演にするとかアホな事を言うてるし。あんなもん、中に入る役者だけでは無理やぞ」


「戯曲できたの? 俺が見せてもらった時は、まだ半分くらいだったけど」

「いや、まだ出来上がってはないな」

 奥寺さんの戯曲ということは、六月の二年生公演の話か……。

「そりゃあ、この時期に大講堂を借りるのは難しいだろうなあ。まあ、場転削るなり何なりするんじゃない?」

 烏丸部長は七海さんの顔を見た。練習が中断していることを気にしているようだ。


「奥寺にそんなん無理無理! 本番直前になっても頭を抱えてんのが目に見えてるわ」

「いずれにせよ、俺たち三年が口を出すことじゃないよ」

 烏丸部長の言葉に同意するように、七海さんが頷いた。


「公演中止もあるぞ。まあ、確かに俺の知ったことやないけどな」

「中止? 中止は困るよなあ」

「こいつらを転換要員で使ったらええやん」

 八田さんは、わたし達一年生を顎で示した。


 百獣の王様の登場以来、そっぽを向いていたウサコは話題が自分たちに及ぶやいなや、八田さんを睨み始めた。わたしはというと、存在を消すのに必死だった。


「それは奥寺に聞いてみないとなあ」

 烏丸部長は困った顔をした。

「俺から言うわ」

 八田さんが即答。さらに革靴を大きく踏み鳴らし、

「で、これは何をしてんの?」


「ああ、百面相」

「はあ? こいつらに百面相なんか十年早いわ」

「だからさ、いきなりフラッとやって来といて、お前は何を偉そうに言ってんだよ! 練習に参加したいんだったら、着替えこいよ!」

「アホか! なんで俺がこんな事せなあかんねん」

「じゃあ、帰れよ!」

 烏丸部長は不快感を隠そうとしなかった。


 --おおっ! いいぞ、部長! がんばれ!

「そんなこと言うなや。せっかく忙しい俺が時間を割いて来てやってんやから……」

 かーえーれ! かーえーれ! かーえーれ!


「なあ、小物こもの!」

 と、八田さんは間違いなくわたしに向かって言った。








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