第26話 ウサコ

 四月から週3ペースで始まった基礎練習も今日でちょうど10日目だろうか。その間、演劇部の新入部員は減ることも増えることもなかった。


 烏丸部長と七海さんと一緒に、わたし達はいつもの中庭で練習をしていた。

 烏丸部長は分かるとして、七海さんも皆勤賞だった。意外と暇なのかな? いや、嬉しいんだけどさ。


「なになになに……!? 亀岡ちゃんは俺の事をどこまで分かってるの!? もしかして、あんなところや、こんなところまで……いや! もう、恥ずかしい!!」


 烏丸部長は、自作の詩集を同じクラスの男子生徒に見られてしまった内気な生物部の女子生徒(実は、その男子生徒に密かに恋心を抱いている)のような表情や仕草を演じてみせた。

 怖い、の一言。


 ……待てよ。あんなところや、こんなところまで? 入部初日、烏丸部長が披露した一発芸の記憶が蘇る。よれよれの白いブリーフの中から黒い茂みが--


 うわあああああああああっ……!!


 け、けけけ警察! 誰か早く警察に通報してーっ! 普通に学校生活を送ってはいけない人がここにいます!!

 わたしは後の人生を、このフラッシュバックに度々悩まされることとなるが、それはまた別のお話。


 毎回行っている筋トレにも徐々に慣れたわたしは、誤魔化しながらも頑張ってる感をだす技も覚えて、一回もできなかった腕立て伏せも……ほら、この通り2回くら……いっ!


「ほらほら、カメ。もっと下げないと意味ないって。顎をつけて、顎を」

 そう言いながら、ウサコはわたしの背中を押した。

「がぎぐ……!」

 わたしはぺしゃんと押しつぶされた。秒殺。


「全然だめじゃん。こんなんで、あたしに勝負を挑もうなんて十年早い」

「こ、この……。わたしは、あなたみないな脳筋じゃない、ちょっと根暗なだけの普通の女子高生なの!」


 反論するわたしに、ウサコが不意に手を差し伸べてきた。

「な、なに?」

 わたしは気恥ずかしさを感じながらも、その手を取って立ち上がり、

「あ、ありが--ぐふっ……!」

 お礼を言おうとした瞬間、ウサコがタックルをしてきた。


 ウサコは、そのままわたしの身体をガッチリと抱え込み、

「うしっ! うしっ!」

 と、すごい力で押し込んでくる。

「ちょ、ちょっと……やめてよ! 危ないっ」


 万力で固定されているかのように、身体の自由がきかない。されるがままに、ずるずると後退したところで、わたしは石畳みの上にもんどりうって倒れた。


「がふっ!」

「押し出しー」

 ウサコが笑顔でわたしを見下ろす。

「は、はあ? どうして、相撲なんか……」

「ホントに弱っちいなあ、カメは。ふにゃふにゃじゃんか。これは十年じゃなくて二十年だな」

「……」

 わたしは、背中が痛くて何も言い返すことができなかった。


 いつのことだったか、兎谷さんが、

「兎谷さんって呼ぶのやめてくれない? 同級生なんだからさ」

 と、言ってきた。さらに、

「あんたは何て呼べば良い? やっぱりカメ?」


 ううっ……、どうしてもそうなるのね。小さい頃から変わりやしない。本当に嫌なんだけどなあ。鈍臭い、のろまなカメと言われ続けている。


「嫌だと言っても、どうせ聞いちゃくれないんでしょ? じゃあ、わたしがカメならあなたはウサコね」

「どうして、その呼び方を知ってるの? あんまり好きじゃないんだけど、ずっとそう呼ばれてるんだよね。あ、ノンタンって呼ばれてた時もあるよ」


 --ノンタン……だと? どうして、わたしが〝カメ〟で、あなたが〝ノンタン〟なのよ! しかも、あれは一見ウサギに見えるけど白猫でしょうが! あんたはウサコだ、ウサコ!


「えー」

 ウサコは不満げに口を尖らせた。







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