第22話 次は、わたしの番

「はい、拍手ーっ!」

 烏丸部長が歌い終えた七海さんを出迎えた。

 パチ……パチ……パチ……。

 七海さんはまばらな拍手の中、

「ども、ども」

 と、照れ臭そうにした。


 いや、もう照れるポイントが一般人とは大きくかけ離れてますからっ。分かってください!

 そして、中庭にいる皆さん、お願いだからこっちを見ないで……わたしは違います! わたしもあなた方と同じ被害者なんです。


「おい、お前ら! 誰からでもええから早よやれ! できへんっちゅうヤツはもう帰れ! 演劇部うちにはいらん!」


 さらに激しさを増す理不尽な暴言。そんな中で、自ら名乗り出る人なんているわけがない。

「……兎谷さん、もう帰ろ」

 わたしはマイ甲羅こと、兎谷さんの陰に身を寄せた。

「……」

 兎谷さんは、そんなわたしを完全に無視。


「ああ、わかった、わかった……もうええわっ!」

 八田さんは尊大に長髪をかき上げて、

「お前ら、もう二度と俺の視界に入るなよ! ブチ殺すぞっ! 特にそこの頭の悪そうな金髪! 俺の半径100メートル以内に入ってくるな!」

 と、吐き捨てた。


 ……もう無茶苦茶だよ。それじゃあ、兎谷さんはあなたが卒業するまで学校に来れないでしょうが。

「……っさい。それはこっちのセリフじゃ。ボケェ」

「え?」

 兎谷さんの金髪がざわざわと逆立っているように見えた。そのまま、地面を踏み割らん勢いで中庭の中央に進んだ。


「と、兎谷さん……」

 もはや、わたしは彼女の視界には入っていないようだ。

「なんや? もうやらんでええと言うてるやろがっ! 目障りやから消え失せろ!」

 八田さんが吠えた。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い……もうヤダ……。

 異様な状況の中で、わたしはただ半ベソをかくしかなかった。


 三人目となる金髪美少女の登場に中庭がざわつく。

 兎谷さんは少し躊躇するような素振りを見せたが、大きく口を開けて『かめさん』を勢いよく歌い始めた。だが、烏丸部長や七海さんに比べると、明らかにボリュームは小さい。何よりも、彼女は


「全然、聞こえへんぞ! もう一回や!」

 聞こえてないはずはないが、兎谷さんの歌が弱々しくなってくるたびに、八田さんは数倍大きな声を張り上げた。

 烏丸部長や七海さんからも「もっと、もっと! もっと出るよ!」などと、声援が飛ぶ。


 そんな調子で計十回ほど『かめさん』を歌った兎谷さんは、うつろな目を宙に向けた。

 八田さんは舌打ちをして、

「もうええわ! 時間の無駄や!」

「何を言ってんだよ! 良く頑張ってたじゃないか!」

「そうそう。えらい、えらい」

 烏丸部長と七海さんが、無言で力なく戻ってきた兎谷さんを拍手で出迎えた。


「おい、次! さっさと行け!」

 八田さんがギラリと牙を剥く。わたしは、脂汗を顔いっぱいに流しながら米山君を見た。

 米山君は、死んだ魚のような目でわたしを一瞥して、何も言わずに中庭中央へと歩き出した。


「あ、ああ……」

 わたしは、死刑台へと向かう仲間を見送るような気持ちだった。

「やっぱり、アイツも演劇部の新入生やったんか。なんで、制服のままなんや?」

 八田さんは怪訝な顔をした。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう……!

 次は、わたしの番--。

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