第21話 もしもし、かめよ。かめさんよ。

 当然のごとく、中庭でくつろいでいた生徒たちは驚いて、一斉に好奇と抗議が入り混じった視線を烏丸部長に向けた。


「あぁゆみのぉのーろーいーものはないィィィィィィッッ!! どぉしてそんなにのーろいのかあああああー……」


 とても短い歌のはずなのに、永遠に続くかと思われた独唱会が終わった。

「いやー、久しぶりにやると気持ち良いもんだねえ! あれ? 皆んな拍手は? やっぱりデビルマンの方が良かった!?」


 烏丸部長がほくほく笑顔で戻ってきた。仕方なくパラパラと拍手をするわたし達は、焦りの色を隠せなかった。

 ……こんなもん、ドン引きに決まってるでしょ。ありえない!


「どうや? 簡単なことやろが。ほな、順番に新人君たちにやってもらおうか」

 八田さんがにんまりと笑う。

「一応断っとくが、声が小さかったら何遍でも歌ってもらうからな!」

 中庭は、ある種の異様な雰囲気に包まれていた。


 あんな恥ずかしいことを誰がやるって? わたし達がやるの? えっ、わたし? 何のために? 常識のある普通の高校生は、そんなこと絶対にやらないでしょ? 変なヤツだと思われたらどうすんの? ていうか、烏丸部長のおかげで、さっきから好奇の視線がわたしにまで向けられてるんですけど……。


 いやいやいやいや、無理無理無理無理。そんなの絶対に無理っ!!

 パニックになったわたしの額を変な汗が伝う。


「おう、そこの金髪! 目立ちたいんやろ? お前からやれや」

 百獣の王様のご指名に、兎谷さんは少しだけひるんだが、すぐに射殺さんばかりに睨み返した。


 ふぃーっ、そうそう。わたしにはこんな時のための甲羅があったんだ。

 そうでしょう、そうでしょう。場違いな真っ金髪ですからね、嫌でも目に付きますよね。そりゃ、一番に指名されても仕方がないというものですよ。もちろん、彼女も重々承知していると思いますよ。

 あっ。いや、でも……。


「さっさとやれや! こんなこともできんヤツが舞台に立てるわけないやろが!」

「くっ……」

 八田さんの執拗な挑発に、兎谷さんは歯をくいしばった。

 烏丸部長にとっては快感でも、一般人のわたし達にとっては羞恥プレイ以外の何ものでもない。


 しかし、兎谷さんは意を決したように中庭の中央に向き直った。

「あっ、ま、待って……」

 わたしは、なんとか言葉を発した。

「なんや、お前が先にやるんか? 誰でもええからさっさとやれや!」

 八田さんは、わたしをジロリと睨んだ。


 --怖い……まったく生きた心地がしない。

 でも、兎谷さんが歌っちゃうと、


「あ、あああの、まだ練習初日ですし、そ、それにわたし達は女子だから……」

「ああっ!?」

「ひっ」

 八田さんの剣幕にわたしは思わず頭を覆った。


「烏丸、聞いたか? 女の子やからできませんってよ。もう、コイツら辞めさせろや」

「え?」

 わたしは驚いてみせたものの、随分前からそうしてくれた方が良い、と考えていた。


 金髪ウサギさんは、百獣の王様を怒気を帯びた目で睨み続けていた。

 制服を着た案山子かかしのような米山君にも怒りの感情が垣間見えるような気がした。

 兎谷さんは演劇部に執着はないはずなのに、もう何か目的が違って来てない?


「何を言ってんだよ、バカ! お前は演劇部を潰す気か!? いやまあ、『かめさん』は女の子にはちょっとツライ練習かな? でも、舞台の上では女の子もクソもないんだけどね!」

 烏丸部長が興奮した様子で息巻く。


「皆んな、ちょっと難しく考えすぎなんじゃないかなあ? ねえ!? おんにゃにょこのナッちゃん!」


「えーと、まあ一度やっちゃえば何でもないとは思うんだけど……」

 何を言ってるんですか? 七海さん。

「ちょっと、ナッちゃんもやって見せてあげてよ」

「ええっ? ……じゃ、ないか。分かった」

 七海さんは独唱会のステージへと向かう。


 いやいやいやいやいやいやいや……ちょっと待って!!

 時すでに遅し。七海さんは大きく息を吸い込む。そして--、

「もっし! もっし! かぁめよおおおお! かぁめさんよおおおおおお!」


 普段の甘ったるい口調や可憐なイメージを吹き飛ばすほどの大爆発。

 烏丸部長と八田さんは、この様子を面白がっていたが、それ以外の人達は皆んな、外見とのあまりのギャップにただ呆然と見守っていた。


 七海さんも烏丸部長と同類だった。

 ひいいいいいいっ……!

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