第20話 かめさん

「お、珍しいヤツが来たな! まさかお前、練習に参加しに来たの?」

 これには烏丸部長も驚いた。


「アホ言うなっ! 俺はお前らみたいに暇やない。たまたま、通りかかっただけや。そうか、二年のヤツらは今日は企画会議か」

 制服姿の八田さんが近づいてきて、横柄な態度で烏丸部長に尋ねた。


「今ごろはかなりヒートアップしてるんじゃないかな。部室覗いてきたら? まあ、お前が行ったら、二年生達はめちゃくちゃ嫌がるだろうけどな!」

「ウヒャヒャヒャ……ッ! そら、そうやろ!」

 練習を中断して呆然と見守るわたし達などお構いなく、八田さんは豪快に笑った。その大きく開かれた胸元からは、銀色のネックレスが覗いている。


 --怖い。本当にただのチンピラにしか見えない。どうして、こんな人が演劇部に籍を置いているのだろう。


 ハットリは八田さんの姿を見るやいなや、

「あっ、怖いお兄ちゃんが来た! 僕はもう帰るから。じゃあね」

 と、クロを連れてさっさと逃げ行ってしまった。


「で、これは今何をしてんねや?」

 八田さんはジロリとわたし達を見た。

 わたしは息をひそめる。別に八田さんは、わたしの呼吸音に反応してるわけではないと思うけど……。


「もちろん発声練習さ!」

 烏丸部長が答えた。

「はあっ? コイツらにそんなん無理無理! 十年早いわ!」

 突然、声を荒げる八田さんに、烏丸部長はムッとして、

「十年って、お前……そんなに待てるわけないだろうが。じゃあ、どうしろって言うんだよ!?」


「コイツら、一丁前に役者志望なんやろ? 『かめさん』やらせんかい、『かめさん』を! 演劇部うちの伝統やろが!」


「いつから伝統になったのよ。『かめさん』をやるのは良いけど、八田がお手本を見せてあげてね」

 烏丸部長と八田さんの間に、同じく三年生の七海さんが割って入った。


「あ、アホなことを言うなっ! 俺がそんな恥ずかしいことできるか!」

「はあ? お前は一体、何をしにきたんだよ、まったく……」

 烏丸部長は呆れ顔でそう言った。蚊帳の外になっているわたし達は、見守るしかない。


「まあ、いいや! 俺が久しぶりにやりますか! ごめんごめん! 待たせたね、君たち! かめさんやるよ、かめさん!」

 烏丸部長は、いつもの怖い笑顔でわたし達に向き直った。


「--と、言ってもやることは簡単! もしもし、かめよ〜かめさんよ〜って歌を知ってるでしょ? それを全力で歌うだけ! 全力でね! もちろん上手く歌う必要はないよ! 俺たちは演劇部であって、合唱部じゃないから! 


 役者の第一歩は羞恥心を捨てることでありまーすっ! あ、別に他の歌でも良いよ! 俺も昔は『デビルマン』の歌を歌ったことがあるよ! 『デビルマン』って知ってる!?」


「おいおい……烏丸! いいから早く始めろや。俺は忙しいんや」

 八田さんは、苛立たしげに革靴を踏み鳴らした。


「ハイハイ、分かりましたよ!」

「『デビルマン』はいらんぞ、長すぎるっ。お前に羞恥心はないってことは、皆んな知っとるしな」


「分かったって言ってるだろ! じゃあ、一年の皆んな、俺がお手本を見せるからちゃんと見ててよ!」

 烏丸部長はそう言って、中庭の中央へと走って行った。そして、「いくよー!」と片手を上げる。


「おうっ! ええからさっさとやれ!」

 八田さんが大声を出すたびに、わたしの心臓は萎縮した。

 烏丸部長は、胸を反らして大きく息を吸い込んだ--


「もっし!! もっし!! かぁめよっ!! かぁめさんよおおおーっ!! せっかいのうちにぃ、おまえほど……」


 烏丸部長は天まで届けとばかりに、唾を撒き散らしながら、かめさんの歌を大絶叫した。

 事前に言っていた通り、これはもう歌ではない。リズムも音程もほぼ無視されている。

 すさまじい大きさの声が、中庭一体を覆い尽くした。


 --ひいいいいいいっ! な、なななな……何なのよっ、これは!?

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