第19話 発声練習

「亀岡ちゃーん! ほら、もっと肩の力を抜いて足を開く! あら、かわいい内股……じゃなくて! もっとこう力強く、ガバーッとさ! おっぴろげ、大開放なんつって!


 腹から声を出すってよく言うでしょ!? ホントに胃や腸から声を出すわけじゃないよ、そんなヤツいたら気持ち悪いからね!

 腹筋を使えってことさ! ほら、ここを使うんだよ、こーこっ!!


 いちいち悲鳴を上げなくて良いからさ! 今の悲鳴の方が百倍、大きな声が出てたよ!

 それそれ! それが腹から声が出てる状態! じゃあさ、次はもっと声が出るように直にかわいいおへそを触ってあげようか! ねえ!?


 ……そんなに怖がらなくても良いじゃなーい! 俺は亀岡ちゃんのことを思ってさ! あっ、兎谷ちゃんはどう!? ちょっと触ってみよっか!?


 何だよ、ナッちゃん……分かってるよ! 冗談だよ、冗談! えっ、米山? まあ、初めてにしては良いんじゃない? ハイハイ、分かりましたよ! じゃあ、二人はお願いね! 


 まったく、俺のことを異常性欲者扱いしないでよ! ほら、米山! 怒鳴ったら良いってもんじゃないんだよ! 腹から声を出すんだよ、腹から!!」


 烏丸部長と七海さんの指導のもと、わたし達新入生は息の続く限りただひたすら、

「あーーーー」

 と声を出し続けた。

 放課後の中庭の平和な日常を、ぶち壊すべく。


「亀岡さん、それじゃあ遠くのお客さんまで届かないよ。普段はもっと大きな声で喋ってるでしょぉ?」

 七海さんがわたしに声をかけてきた。

 いや、友達のいないわたしは基本的にこんなもんです……。


「ほら、兎谷さんに負けてるよぉ。もっと頑張らないと。今日はちゃんとお昼ご飯食べた?」

 七海さんは蚊も殺さないような顔をして、結構キツイことを言う。


 さらにハットリが、

「カメより僕の方が大きな声を出せるよ」

 などと、余計なことを言ってきた。

「そうだよねえ。ハットリの方がずっと大きい声を出せるよねえ」


 七海さんに褒められて、計算高いマセガキは得意げな顔をした。そして、わたしの足元には飽きもせずに、「ウ〜ッ」と唸り声をあげ続けるバカ犬。一体、何だって言うのよ? 早く家に帰れっての!


 それと、七海さん。わたしにだって人並みに羞恥心ってものがありまして……。ほら、見てくださいよ、あそこのベンチに座っている生徒。また、こっちを見て笑ってるし。あ、そこの女子二人もクスクス笑ってますよ。


 絶対、「何あれ? キモーい」とか言われてるんだろうな……同じクラスの子達はいないよね? 見られたらどうしよう……。

 ああ、なんでこんな公衆の面前で恥をかかないといけないの? だめだ、早く終わってくれないかな。もう帰りたい……。


「おう、やっとるか!」


 わたし達の発声を止めてしまう程の大きな声。

 --げっ! なんで? 来ないんじゃなかったの?

 わたしは愕然とする。

 鞄を脇に抱えた制服姿の八田さんが、肩で風を切りながら登場してきたからだ。



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