第18話 あめんぼの歌

「ハットリは小学生のくせに色気付きやがって! もうチ◯チ◯に毛は生えたのか!」

 烏丸部長が下品極まりない言葉を投げかける。

「まだ生えてないよっ。もう……お兄ちゃん、普通そんなこと聞くかなあ? 変態じゃん、変態!」


 ハットリは、烏丸部長に「変態! 変態!」と腹を抱えて笑った。

「あのう、烏丸部長も七海さんも知ってるみたいですけど、あの子は誰なんですか?」

 わたしは烏丸部長に尋ねた。


「ああ、ハットリ? なんかもうずっと昔から演劇部に遊びに来てるらしくて。俺たちが入部した頃にはもういたしね。そういう意味では大先輩だよ、アイツは! ハットリさんだよ!」


 何年も前から顔を出してるって友達いないのかよ。

「ハイハイ、ハットリさん! 俺たちは真面目に練習しますんで、見てても良いけど邪魔しないでくださいね!」

 烏丸部長から注意されて、ハットリは、

「邪魔なんかしてないよー」

 と、不満げだった。


「さあ、発声練習とまいりましょうか!」

「えっ、中庭ここでですか?」

「そうだよ」

「いや、その……周りに人がいっぱいいますし、なんで……」

 授業を終えた生徒たちがくつろいでいる平和な風景を横目に、わたしは抵抗した。


「大丈夫、大丈夫! 今までもたまに中庭でやってるし! ここにいる連中も、もう慣れっこなんじゃないかな!?」


 --ま、まずい。

 わたしは味方を増やすべく同級生たちを見たが、兎谷さんは相変わらずの仏頂面で、米山君はまるで他人事のように佇んでいた。

 ……ど、どうして他にも言わないの? アンタ達には羞恥心ってものがないの?


「みんなのためにコピーして来たんだよぉ。はい、これ」

 七海さんがわたし達に一枚の紙を手渡した。


 そこには『あめんぼの歌』とあり、

 アメンボ赤いなあいうえお 浮藻に小エビも泳いでる

 柿の木栗の木かきくけこ 啄木鳥コツコツ枯れけやき

 大角豆ささげに酢をかけさしすせそ その魚浅瀬で刺しました

 立ちましょ喇叭らっぱでたちつてと トテトテ立ったと飛びたった

 --以下、わ行まで続いていた。


 でたっ! これが世に名高い『あめんぼの歌』! 演劇の世界に足を踏み入れたんだな、と実感する。ちょっと感動……。


「へえ、作者は北原白秋だって。知ってた?」

 わたしはミーハー気分で、兎谷さんに声をかけた。

「誰? 有名な人?」

 兎谷さんはジッと紙に目を落としたままだった。

「……詩人? ほら、教科書にも写真が載ってるじゃない。横顔で丸坊主の--」

「それは正岡子規」

 米山君が無表情で突っ込んだ。


「今日は残念ながらそこまでは行かないよ! 『あめんぼ』はまだまだ先! とりあえず、その紙はなくさないように各自持って帰ってね! さあ、まずは長音ロングトーンから!」

 烏丸部長は勢いよく、良く通る声を吐き出した。

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