第13話 自己紹介

 三回目の訪問にして、やっと部室の中に入ることができた。

 教室よりも一回りくらい小さい広さで、よく分からない物が溢れて混沌としていた。先輩達が円になって座っている。


「さあさあ! 汚いとからだけど座って、座って!! あっ、ここからは靴を脱いでね!」

 烏丸部長がわたし達を促した。さらに、黒い幕で仕切られた一角に向かって叫んだ。


「ナッちゃーん! まだ? もう始めるよ!」

 黒い幕の間から、白い子猫のような先輩が顔を覗かせる。

「わ。おお、君たち新入生? ほんとに来たんだあ」

 舌ったらずの甘ったるい口調は、わたしのイメージ通り。

 伊丹七海いたみななみさんは、長い艶のある黒髪を一つにまとめ、既にTシャツとジャージに着替えていた。


「よし! じゃあ、ある程度揃ったところで自己紹介から始めましょうか!」

 烏丸部長がパンと手を叩く。

「フレッシュな新入生さん達からね!」

 --八田さんの姿は依然として見えなかった。新歓公演を最後にお辞めになったということはないのかな……。


米山洋一こめやまよういちです。演劇の経験はありません。以上です」

「かっ、か亀岡香月です。ちゅ中学の時は放送部でした。特にこれといって活動はしてませんでしたが……。あっ、お芝居は未経験です。よ、よろしくお願いしま。あっ、します……」


兎谷九州子とたにくすこです。中学では野球部に所属していました。演劇の経験はありません。よろしくお願いします」

 先輩達がざわざわと活気づく。


 なになになに……? どのへんが興味を引いたって言うの? こんなにスタイルも良い金髪の美少女が、野球をやってたってところ? そんなの珍しくないって。それよりどうよ? 幾度となく繰り返したシミュレーション通りに噛んでしまった、わたしの初々しさは? 一番、フレッシュでしょうが。


「俺も中学の時は野球をやってたんだけど、兎谷さんはどこを守ってたの? 打順は?」

 兎谷さんは、尋ねてきた先輩を一瞥し、

「一番、センターです」

 と答えた。


「へえ、足が速くて肩も強いんだ?」

「いえ、そんなには……」

 なになになに……? 兎谷さん、肩があんまり凝らないってこと? それって役者をする上で有利なの? わたしだって、まだまだ肩こりなんか無縁だけど。


 烏丸部長が、

「何か一発芸とかないの!?」

 と騒ぎ出した。

 わたしは大きく下を向き、存在を消すスキルを発動! 他の二人も、烏丸部長に抗議の眼差しを向けていた。


 そんな新入生達の空気を読んでくれたのか、カバ男こと、奥寺さんが「まあまあ」と、烏丸部長を諌める。烏丸部長は憮然とした表情で座り直した。


 そして、わたしは奥寺さんの腫れぼったい目が、ちらと兎谷さんを見やるのを見逃さなかった。

 --ほう。

 注意してみると、奥寺さんだけじゃない。この場にいる男子全員が、兎谷さんを意識しているのが分かる。

 彼女の美貌は破壊力抜群。おかげさまで、わたしの役柄は〝新入生B〟程度だろう。


 自己紹介が新入生から先輩達に移る。そのような中、奥寺さんは自分の番になると、つらつらと自らの出自について語り始めた。


「バカ! お前の生まれや過去のことなんて誰も興味ないんだよ!」

 烏丸部長が制止するが、奥寺さんは待ってましたとばかりに、

「あっ、じゃあ一発芸を……」

「いいよ! お前の一発芸なんか、どうせちっとも面白くないし!」


 一連の寸劇が終わったのか、奥寺さんは満足そうに引っ込んで行った。他でやってくれないかな……。


「はい、次! 三年生ね! ナッちゃん、どうぞ!」

 待ってました。黒い汚い部室に咲く一輪の白菊。新歓公演時には気が付かなかったが、左目の下に泣き黒子があり、儚げな魅力が一層引き立てられている。本当に何でこんなところにいるんだろう。ああ、お芝居が好きだからか。


「えーと、三年生の伊丹七海です。えーと、うーん……仲良くしてねっ」

「おわり!?」

 奥寺さんが大袈裟にコケる真似をした。


「おわり! もう、奥寺うるさい!」

 七海さんは白い頬を紅潮させて、ぷりぷりと怒ってみせた。

 なんて愛らしい。この人が空気を変えるほどの演技をするなんて。


「えー、じゃあ最後に!」

 烏丸部長が、無い襟を正しながら立ち上がる。

「まあ、俺の名前なんか皆んな知ってるだろうし! 部長なんかやってますけど、俺自身は別に偉くともなんともありません!」

 烏丸部長は改めてわたし達、新入生の顔を見た。


「そんな何もない、ちっぽけな俺なんで……一発芸をやります!」


「えっ?」

 と思う間もなく、烏丸部長は光の速さでジャージのズボンを脱ぎ捨てた。

 --ええええええっ!?

 烏丸部長の手はそのまま、さらにパンツを……。


「ぎゃあああああああっ!!」

 わたしは必死で目を覆う--って、何か見えた……? けけけ警察! 110番! 誰か早く110番してーっ!!


 女子部員達の悲鳴が飛び交う。

 恐る恐る目を開けてみると、烏丸部長が男子数人に囲まれてズボンを履いているところだった。

「バカ! お前ら止めるのが遅いんだよっ! ほんとに見せちゃってどうすんだ!?」


 その脇では奥寺さんがニヤニヤして、

「見た? 見えた?」

 と、兎谷さんにしつこく尋ねていた。

 彼女の不機嫌そうな表情が、いっそう曇る。

「訴えないでね! 俺、捕まっちゃうから!」

 烏丸部長は、わたしに向かってにんまりと笑った。

 ああ、夢に出てきそう……。



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