第12話 入部初日

 入学式から2週間、クラスの雰囲気がぎこちないのは、みんなが本当の自分とは違うキャラを演じているからだろう。

 わたしも気さくで親しみやすいキャラを演じようとした。でも、長続きしない。


 わたしは、役者に向いていないのだろうか……。

 そんなことを考えながら、陰うつな気分で演劇部の黒い扉の前に立っていた。


 いよいよ本日、わたしの〝演劇的自分革命ドラマチックマイレボリューション〟が実践段階に進むわけではあるが、わけではあるが……嫌すぎる。


 あの百獣の王、八田さんはいるのだろうか? そして、金髪ビッグマウスの兎谷とたにさんは本当に来ているのだろうか? 兎谷さんのクラスに迎えに行っても良かったのだが、そこで断られるのが怖くて行くことができなかった。


「ふぅー」

 やっぱり帰っちゃおうか? でも、もし兎谷さんが来てたら……無理に誘ったのはわたしだし。いや、たぶん来てないでしょ。ずっとムスッとしたまんまだったし、面倒くさいとか言ってたし。て、絶対来てないじゃん。どうしよう……。


 わたしが扉の前でためらっていると、背後から手が伸びてきてドアノブを握った。ついで、「演劇部の人?」という声がした。

 わたしは仰天して振り返る。


 そこには細身で長身の男子生徒がぼんやりと立っていた。肌は青白く、生気が感じられない。


「あっ、ちち違います! あの……演劇部の人ですか?」

「違う」

「えっ?」

 わたしが立ち尽くしていると、男子生徒はいきなり重い扉を開けた。


 中から眩しいほどに光り輝く金髪が、目に飛び込んできた。

「兎谷さん……!」

 わたしが彼女に駆け寄ろうとすると、いきなり目の前に、烏丸部長の百万ドルの笑顔がカットインしてきた。


「ひいっ!」

 心臓が口から飛び出そうになる。

「おおっ、待ってたよっ! さあ、入って入って! んんっ、後ろの子は誰? もしかして彼氏と同伴出勤!? まったく最近の若い子ときたら……おじさん、泣いちゃう!!」

 烏丸部長は、ぐいと腕で目を拭った。やっぱり声がでかい。距離感が近すぎる。黒縁眼鏡の奥の目は笑っていない。怖い。


「ち、違う……違いますよ! そんなわけないでしょ!?」

 わたしは必死で否定した。

「入部希望」

 男子生徒が無表情のまま言った。


「おおっと!? 君は運が良いよー! 今なら新入生は、君とこちらの女子二人だけ! 両手に花じゃなーい! ニクイねっ、この色男!」


 しょっぱなから、烏丸部長の強烈なカラミを受けても、男子生徒は全く動じてないように見える。わたしは、思いがけずに増えた新しい仲間に尊敬の念を抱く。

 だが、今は見慣れたキレイな仏頂面が、何よりも心強かった。


「来てくれたんだ」

「……」

 兎谷さんはわたしの視線に気付いて、ぷいとそっぽを向いてしまった。

 良いよ、良いよ。ちゃんと約束を守ってくれたんだから。

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