第10話 喫茶店 その①

 学校からの帰り道、精根尽き果てたわたしはフラフラとただ機械的に足を動かしていた。数歩先には、夕日に映える金色の髪をなびかせながら兎谷さんが歩いていた。


「あの……兎谷さん。ちょっとお茶していかない……?」

 わたしが他人を誘うなんて、生まれて初めての出来事だ。だが、もうそんなことを言っている余裕はない。


 彼女は相変わらずの仏頂面で振り返ると、ややあってから、

「良いよ」

 とだけ答えた。


 わたし達は、学校からもほど近い喫茶店に入った。テーブル席が多めで、可もなく不可もないお店。

 わたしには今まで〝友達〟と呼べる人はいなかったので、生徒二人だけでお店に入るなんてとても緊張した。


「晩ご飯、食べても良い?」

 兎谷さんは、席に着くなりそう言った。

「えっ、家に帰ってから食べないの?」

「あたし、一人暮らしだから」

「ああ、へえ……。高校生になったばかりなのにえらいね」


 わたしはアイスオーレ、兎谷さんはハンバーグスパゲッティを注文した。

 注文が終わると、兎谷さんはアンタと話すことは何もないと言わんばかりに、マンガ雑誌をパラパラと読み始めた。


 --ああ、ホントに読むんだ。店に置いてあったマンガ雑誌を取りに行った時は、「あれ?」と、思ったけど。


 わたしは手持ち無沙汰になる。チラチラと視線を送ってみるが、兎谷さんは全く気づく気配はなかった。


「……」

 沈黙。

「……マンガ、好きなの?」

「んー、まあ」

 兎谷さんはマンガ雑誌に目を落としたまま答えた。会話が続かない。


 わたしは、こういった沈黙は自分のせいだ、わたしがいるから会話が弾まないんだと考えてしまう。二人きりなので尚更だ。


 ああ……それにしても、ダメだ。ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ。あんな野生の王国みたいな演劇部に三年間もいられるわけがない。演劇人=野蛮人なの? もう、おしまい! 終了! さようならー!


 早かったなあ。わたしの『演劇的自分革命ドラマチックマイレボリューション』が、こんなにも早く頓挫してしまうとは。--ていうか、演劇は全く関係なかったし。そう、まだ演劇の〝え〟の字も経験していない。はあ……、わたしの高校生活はどうなっちゃうんだろ? こんなはずじゃなかったのに……。


 ああっ、そういえば入部届けを書いてしまった!

 だって、あんな規格外のモンスター達が出てくるなんて考えてもみなかったし……。辞めるにしても、もう一度あそこに行かなきゃいけないの? 無理無理、そんなのありえない! このまま逃げるか……逃げる? 本当に逃げられるの? あー、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ! どうして、こんなことに……。


 ダメなカメはひたすら頭を抱えるしかない。

 注文の品が運ばれてくる。しかし、兎谷さんはマンガ雑誌を手放さず、片手でクルクルと器用にスパゲッティを食べ始めた。わたしの淡い希望は、儚くも崩れ去る。


 まるで、一人で来ているかのような彼女の振る舞いに、自分は本当に存在しているのだろうかと、何となしに思った。

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