第8話 部長、襲来。

「こちらは、えーと……」

 カバ男がわたしを見た。

「あ、すみません。名前をまだ言ってませんでした。か、か亀岡香月かめおかかづきです。よろしくお願いしま。あっ、します……」


「亀岡さんね。亀岡さんもとりあえず入部届け書いといてよ」

「あの、いや、わたしは少し見学をさせてもらおうかと。で、入部するかどうかはそれからに……」


「わかってるって。とりあえず、一応ね」

 カバ男が入部届けを差し出してきたので、わたしは仕方なくそれに記入した。

「二人とも演劇未経験なんだ?」

 カバ男が尋ねた。


「はあ」

 兎谷さんが答えた。愛想もクソもない。

「未経験者って、あんまりこな--」

『おいおいおいおい! お前、誰が休憩して良いって言うたんや!? ぶち殺すぞ!』


 わたしは口を開けたまま、一時停止。

 隣の兎谷さんが、小さく舌打ちをするのが聞こえた。

 えーと……。皆さんは、つい先日まであんなに優しい雰囲気のお芝居をしていた人達で間違いありませんよね?


「え?」

 と、カバ男。

「あ、いや……演劇未経験者ってあんまり来ないんですかね?」

「そうでもないよ。演劇部うちは経験者って少ないんじゃないかな?」


「あ、そうなんですか」

「なになになに!? 何を話してんのっ!?」

 突然、黒縁眼鏡をかけた小男がわたし達の間に割って入ってきた。

「キャッ!」と、悲鳴をあげてわたしは後ずさった。


 色気のないボサボサの頭をした小男は、ばね仕掛けのおもちゃのようにせわしなく、満面の笑みをわたし達に投げかけてきた。


「この人は、ウチの部長の烏丸からすまさん」

 カバ男が手短に紹介をした。

「え、部長さん?」

 わたしは慌てて軽く会釈をした。


「烏丸さん、この子達は入部希望者で名前が、えーと……」

 カバ男の言葉を待たずに、

「おおおおおおっ、新人さん!?」

 烏丸部長は急に喋り出した。いちいち声がでかい。


「あの、入部希望というか、まずは見学を……」

「芝居やると良いよぉ!! 面白いよ!」

 烏丸部長は、わたしの声など全く聞こえていないようで、無理矢理わたし達の手を握ってきた。


「金髪カッコいいねー! それにものすごい美人さんじゃん、ねえ!? もちろん役者やるんでしょ!? そっかー、ついに演劇部うちにも春が来たかあ! て、こんなこと言ってたら他の女子部員達に怒られちゃうよ、ねえ!?」


 仏頂面の金髪美人さんも、烏丸部長に手を握られて、さすがに困惑の色を隠せなかった。

 烏丸部長は、ぐいとわたしに向かって身をのり出し、

「君も役者志望!? 青い顔してるけど大丈夫!? 心配はいらないよ、とって食べたりしないし! 俺、草食系男子だから!!」


「烏丸さんは絶対に肉食系ですよ」

 カバ男がツッコミをいれた。

「えっ、俺が肉食系!? 何言ってんのさ! 校舎裏にあるパンジーの花壇に毎朝お水あげてるの、誰だと思ってんのさ!? 何を隠そう、この俺だよ! パンズィーだぜ、パンズィー! ……て、そんなの嘘だけどさ! パンズィーって言いたかっただけ! ガオーッ!!」

 いきなり烏丸部長の顔が、わたしに急接近した。


「--っ!」

 わたしは声にならない声を上げた。

 烏丸部長が大口を開けて笑う。

「冗談! 冗談だよ! そんなに怖がらなくても良いじゃなーいっ! 俺、ちょっとショック受けちゃうなあ! ガハハハ!」

 じょ……冗談? わたしの脳裏には、はっきりと『絶望』の二文字が浮かびましたけどね。


 この部長さん、新歓公演には出演してなかったよな? どう見ても出たがりの目立ちたがり屋で、役者向きだと思うけど……。


「そうなんだよー! 俺、入部以来ずっと役者一本だったんだよ!? でも今回、誰も戯曲ほんを書くやつがいなくてさあ! 既存の作品をやるのも良いんだけど、やっぱりオリジナルがやりたいじゃない!? だから、俺が悪い頭を絞ってシコシコ書いたってわけ! そりゃあもう、頑張ってシコシコ書いたよー、ねっ!! で、書いたからには演出もする羽目になっちゃってさ! 俺は役者もやるつもりだったんだけど、皆んなが初めての作演でそれは無理だとか言ってやらしてくれなかったのよ! ドイヒーでしょ!? あ、俺の演技が見たかったんだ!? そっかー! そっちの金髪美人さんも!? そっかー! こんな、かわい子ちゃん二人が見ててくれるなら、お兄さんバリバリ頑張っちゃうよ! バリバリねっ!!」


 烏丸部長は、目をギラギラ輝かせながら腰を振り--いろいろと辛いんで、もうこのへんで……。

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