第6話 異世界からの使者
大講堂を訪れるのはこれで二回目。
公演中は緊張感が漂っていたが、今は木材や工具類、ブルーシートなどが散乱していて、まさにお祭りの後といった感じだった。講堂内からはガンガンという大きな音が漏れ聞こえている。演劇部の人達が後片付けをしているのだろう。
ふうっと一発、大きく深呼吸。わたしは再び気合いを入れ直す。
--さあ、いくぞ。とにかく入部しないことには、何も始まらない。
下唇を噛み締め、大講堂の大きな扉に手を伸ばした時--、
同時に中から人が顔を出した。
お互いにギョッとして、見つめ合う。
Tシャツにジャージ姿、スポーツ刈りの男子生徒は、タオルを首に掛けていた。なんだか、とてももっさい。異世界からの使者はカバに似ていた。
「あ、あああの……わたしは新入生で、あの、入部希望で、けけ見学を」
「……」
カバ男は何も言わずに、ジトーっとした目つきでわたしの顔を見ていた。が、不意に笑顔になったかと思うと、大げさな手振りでポンと手を合わせた。
「ああ、ハイハイ。新入生の方ね。
「あ……いや、決めたというか、まずはできれば、け見学から……」
「見学? ふーん。まあ、いいや。中に入りなよ」
新歓公演の時は、暗くていろいろ立て込んでいてよく分からなかった。大講堂の中に入ったわたしは、その広さに驚いた。
--天井が高い。
客席は既に解体されていて、公演に使用していた砂の残りや木材が散乱していた。そして、トンテンカンテンという高校にはあまり似つかわしくない作業音が鳴り響く。プロの大工さんではなく、わたしと同じ高校生達が、忙しそうに作業していた。
「新歓公演は見てくれた?」
カバ男が尋ねてきた。
「あ、はい! 見ました」
「どうだった? 僕も役者で出演してたんだけど」
「えっ、役ですか? えーと、何の役で……」
『おい、そこ! いつまでチンタラやったんじゃ! 明日の朝までやるつもりか!?』
不意に講堂内に響き渡った怒声に、わたしの声は掻き消されてしまった。
「ほら、サラリーマンの二人組がいたでしょ?」
「は?」
「えっ?」
あまりに場違いな怒声に、身体を強張らせていたわたしをよそに、カバ男は話を続けていたらしい。
「……ああ、サラリーマン。そういえば」
「あの片割れが僕」
と、カバ男は自分を指差した。
新歓公演におけるカバ男の役どころは、端役ではなかったが主要な役でもなかった。でも、演技は上手かったような覚えがある。そもそも、わたしから見て、下手に感じた役者さんは一人もいなかった。
そうか。この間の舞台に立っていた役者さん達もいるんだ……。
辺りを見回してみると、少年役だった伊丹七海さんもいた。
--おおっ、やっぱり可愛い!
伊丹七海さんも他の人達と同じように、Tシャツにジャージの作業ルックだった。少年役をするだけのことはあるスーパー童顔と、はかなげな白い肌の持ち主。
公演の際は帽子で隠していたが、今日は艶やかな長い髪を惜しげもなく披露していた。伊丹七海さんが本来持っている女性らしい雰囲気は、小人料金で映画館に入れそうなほどの童顔であるにもかかわらず、不思議なほどお姉さん的な印象をわたしに与える。
じっと見つめていたら、目が合いそうになったので、咄嗟に顔ごとそっぽを向く。
別にあの人は芸能人ではない。演劇部で役者をしている普通の高校生なんだけど、何故だかとてもドキドキした。
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