第5話 異世界への扉

 わたしは改めて、演劇部の部室に用なんてないですよ的な顔をしつつ、外階段を二階へと上がって行った。いざという時に素早く逃げられるように。


 いざという時とは、クラスメイトに見られた時とか、演劇部の人にばったり会っちゃった時とか、地震が起きた時とか……。はいはい、クラスメイトはともかく、演劇部の人からも逃げるっていうのは意味分からないですよね! わたしも意味分からないもん! 良いのっ、わたしはそうやって存在を消しながら生きてきたの!


 なんとか、演劇部部室の扉の前までたどり着く。

 重そうな鉄製の扉。黒色のペンキで塗りつぶされていた。イメージカラーが黒なの?


 真っ黒で威圧的な扉から受ける印象は『破壊』、『混沌』、『拒絶』。それと『前時代的』。

 扉の周囲が排他的なエネルギーで歪んでいるように見えた。まさに異世界への扉。わたしは、この扉をノックしなければならない自分の不幸を嘆いた。


「はあー」

 なんだか溜め息ばかりついてるな。おそらく、この数分間で寿命が二年は縮まったに違いない。少し落ち着いてくると、黒い扉に貼り紙がされていることに気づいた。


『大講堂にいます--演劇部』

 と、書かれていた。

 もう公演は終わったんじゃないの?

 大講堂は同じ旧学生棟内にあり、すぐ近くだけど……。ありもしない勇気を振り絞ってここまで来たのに、肩透かしなんてあり得ない!


 わたしは高まる緊張の中、意を決してドアノブを握る。

「えいやっ!」

 しかし、扉には鍵がかけられていた。ドアをノックしてみたが、反応はない。


「ふうっ、やれやれ……」

 ちょっとだけ安心した。

 高校演劇デビュー。その一歩さえままならないのに、大講堂に行くのはやはり明日にしよう、と考えていると思わず笑みさえこぼれてくる。


 ただ、〝明日〟というヤツは、いつも澄まし顔でマイペースなくせに、わたしがくることを望んでないと知るや否や、目の色を変えて飛んで来る。間違いなく、一日二十四時間が、半分の十二時間くらいになってる。


 自分の思い描いていた通りにならないことにイライラしつつ、さすがにこのまま帰るわけにはいかないので、大講堂に向かうことにした。

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