第4話 わたしはダメな亀

 わたしは今まで『亀岡さんって、幸薄そうだよね』とか、『亀岡さんって目が死んでるよね』などとよく言われてきた。たいして仲が良いわけでもない、顔見知り程度の人達から。


 ああいう人達って一体、何を考えてそんなことを言ってくるんですかね? そう言われたわたしが、何とも思わないとでも? まあ、わたしも「えへへ……」と、卑屈に笑ってその場をしのぐだけなんですけどね。


 じゃあ、他にどうしろって言うのよ? どんか返事を期待しているの?

『そんなことないよー、幸せいっぱいだよぉ』とか? 『なめたこと言ってんじゃないよ! あたいはいつも絶好調! バリバリだぜっ!』、もしくは『粉骨砕身がんばります!』とか?


 --アホかい。


 ありませんよ、幸せなことなんか。あなた達とは会話したくないから目が死んでるんですよ。俺は思ったことを率直に口に出すタイプだからとか、私は嘘をつけない人だから、なんて言えば全て許されると思うなっ!

 それは相手に甘えてるんだよ! わたしに甘えるなっ! 地獄に落ちろ!!


 黒い犬を連れた男の子は、わたしの鼻と一緒にトラウマスイッチも押していったようだ。脳内で呪詛の言葉を繰り返す作業に没頭していると、「大丈夫かい?」と、不意に声をかけられた。


 わたしは、慌てて現世に意識を戻す。スーツの上に白衣を着たおじさんが立っていた。喜多高校の先生……?


「あ、大丈夫です……」

 何? ダメなわたしを笑いにきたの? それとも、あんたもわたしの鼻をブザー代わりに押しにきたの?


 わたしが睨みつけたので、そのおじさんは少し怯んだ表情を見せる。

「そう」

 言葉とも息を吐いただけともとれるような音だけを残して、おじさんは静かに立ち去った。


 はあー、何をしてんだ? わたしは。あんな父親以上に年の離れた相手に、あの態度はないでしょうよ。どうして、わたしはこんなにイライラしてるんだろう? あのクソガキのせいか。でもなあ、高校生にもなって大人気ないの一言だよな……。


 頭が冷えてくると自己嫌悪に襲われる。いつものお決まりのパターンだった。

 わたし、何をしてたんだっけ? えーと、演劇部に入るのを明日にして……だめだ。だめ、だめ。早く入部して、ダメなわたしを変えてもらわないと。


 わたしは高校に進学したら、演劇部に入ると決意した。お芝居の経験は全くないし、趣味が観劇ということもない。わたしはただのダメな亀。


 そんなわたしでも大勢のお客さんを前にして、眩いばかりのスポットライトに照らされた舞台に立つことができたら、何か変わるんじゃないかと考えた。舞台の上には、そこに立った人にしか分からない何かがあるって聞いたし……。

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