14.水神の使徒
水霊濡法――剛拳 水霊濡法。
僕が編み出した固有術式であり、その神髄は大きく二つ。
浸潤と蒸発だ。
この術式で生成した水には、僅かに僕の魔力を含んでいる。
生物にとって、他者の魔力は不純物だ。
もしも交じり合えば循環不全を起こし、魔力の乱れは術式の発動を妨げる。
水は浸潤し、対象に染みこむ。
しみ込んだ水には僕の魔力が込められていて、対象の魔力循環を乱す。
浸潤は地面や植物にも起こり、僕の水が浸透した大地は、僕の魔力によって支配される。
魔力が弱かったり、精度の低い魔術は発動すらできない。
たとえ発動しても、術式の精度が大きく落ち、効果も弱まる。
そして、浸透した水は時間経過で蒸発する。
蒸発の瞬間、対象の魔力を奪う。
彼らは今、水霊濡法の水に濡れている。
それにより術式発動を妨げ、発動できても効果は弱まる。
さらにこうしている間にも、彼らの魔力は蒸発によって奪われ続けている。
「くそっ! お前たちも戦え!」
全員が水に濡れ、術式行使を制限されている。
どれだけ叱咤されようと、正常には発動できない。
意地になって魔術を使い続ければ、余計に早く消耗するだけだ。
もはや彼らの魔術は発動すらしない。
息を切らし、全員が膝をついて僕を睨んでいるだけだ。
「そろそろ限界みたいだね。それじゃ終わりにしよう」
水霊濡法――
僕の背後に巨大な水の拳が生成される。
この拳は僕の右腕と連動していて、握り開けば水の拳も同様に動く。
「き、貴様……今どうやって術式を発動した?」
「見ての通りだよ」
「ふざけるな。いつ術式を展開したんだ!」
「僕の術式に展開なんて必要ないよ。術式を起源に刻んでいるからね」
男たちは声も出さず驚愕する。
僕の言っていることは、彼らにとっては理解できないことだったようだ。
それもそのはず。
なぜなら起源は魔術師の心臓。
そこに術式を刻むということは――
「そんなことをすれば他の術式は使えなくなるんだぞっ!」
「うん、そうだね。だけど水霊濡法には、水の生成から性質変化、応用まで可能に出来る。他の術式なんて必要ないよ」
「馬鹿な! それこそ扱いきれるわけないだろう! どれだけ魔力が必要に――」
「僕にはそれが出来るんだよ」
ハッキリと言いきる。
水霊濡法の術式は重厚で、起源に刻もうとも膨大な魔力がなければ成立しない。
もっとも、僕はその条件を生まれた時点で満たしていた。
「話は終わり。僕は君たちより、彼女と話したいことがあるんだ」
「ま、待ってくれ!」
「悪いんだけど……神様だって怒るんだ」
慈悲はない。
待てという男たちに向けて、僕は剛拳を放つ。
男たちは水の力に押し出され、胸のバッチも砕けて飛んでいく。
視界に見えないくらいに遠くへ。
どこか柔らかい場所に落ちることを願うばかりだ。
「ふぅ。これでやっと静かになったかな」
「……どうして」
ずっと黙っていた彼女がようやく口を開く。
僕がゆっくり振り返ると、彼女は泣きそうな顔で僕を見ていた。
その表情からは情けなさと、申し訳なさを感じ取れる。
「どうして……私を助けたんだ」
「それは」
「私はお前に酷いこと! 言ったんだぞ……それなのに」
今の一言だけで分かった。
彼女は自分の言ったことを悔いている。
強い言葉で否定して、傷つけてしまったと思っている。
そう思えるのは彼女の心が優しくて、とても素直だからだろう。
「だから助けたんだ」
「え?」
「君のお母さんは僕の母さんを信じてくれている。そのお母さんを君が信じてくれている。僕らは互いに、大切な者が同じで、その誰かのためにここへ来た。そんなの助けずにはいられないよ」
そう言って僕は彼女に手を差し出す。
優しく微笑み、お願いする。
「これが終わったらさ、君のお母さんのことを教えてよ。君のことも一緒に」
「私の……こと?」
「うん。もしかしたら、力になれるかもしれない。君のお母さんが神様を信じているなら、力になってあげたい。そしたら君も、神様のことを信じられるだろ?」
「……ふっ、何だよそれ」
彼女は笑う。
呆れたように、吹っ切れたように。
「それじゃ何か、私に自慢したいみたいだな」
「そうとも言うね。でもその前にこの試験を突破しないとね」
「だな」
「立てるかい?」
彼女は僕の手を握る。
確かな強さで握りしめる。
「もちろん!」
「それは良かった」
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