13.水霊濡法
この世界に神は必要ないかもしれない。
生まれて初めてそう思わされた。
人の物も、きっと長い時間をかけて進化している。
神様を崇めた人たちが、自分たちの力で生きて行けるように。
工夫して、思考を回らせて、この大きな街は出来ている。
そこに神様が入り込む隙も、意味もない。
だったら、僕がやろうとしていることは何なのだろう。
誰も望んでいないなら、やるべきじゃないのではないだろうか?
そう思っていた時――
「それを信じて頑張ってる人まで、笑う何じゃない!」
彼女がそう叫んだ。
神様なんていないと言い張り、怒りの入り混じった涙まで流した彼女がだ。
彼女の母親は、顔も知らないその人は、神様を信じているという。
信じている人がいてくれる。
救いを求めているのか、感謝しているだけなのかはわからない。
縋っているのであれば弱さとも言えるだろう。
それでもこの時代に、神様を知らないのに、信じてくれている人がいる。
そんな人たちも残っているから、母さんは生きているんだ。
僕は何のためにここまで来たんだ?
そう自分に問いかけた時、ふと彼女と初めて出会った時のことを思い出した。
彼女は眼前に迫るグリズリーを前に、ボロボロになりながら諦めなかった。
母親を助けると叫び、闘志を奮い立たせていた。
今だってきっと、母親ために戦っている。
同じだ。
僕たちは似た者同士で、同じなんだ。
信じる者は違っても、根底にあるのは母を助けたいという思い。
「そうだ……そうだよな」
意味と理由なんて関係ない。
大切な人が困ってたら助けたいと思う。
例え自分が傷ついても、理解されなくとも、成し遂げたいものがある。
「僕は母さんを失いたくない。消えてほしくないから、戦いに来たんだ。そこに難しい理由なんて必要ない……なかったんだ」
それがわかった。
教えてくれたのは彼女だ。
なら僕は――
「ふ、ふふふ、ふははははははははっ! 笑わせるな田舎者! だったらその哀れな母親ごと、俺の所有物にしてやるよ!」
「君だよ、ミラ」
下衆な意味を浮かべた男が手を振りかざす。
それを阻むように、僕は彼女たちの間に水の刃を放つ。
「水霊濡法――水刃」
「な、何だ!?」
「これって……」
僕はミラの背後に降り立つ。
その音を聞いて、ミラは振り返る。
「神様はいる。何度否定されても、何度だって言うよ」
「お前……」
「だけど、神様っていうのは意外と不自由なんだ。信じる人がいなければ肉体を保つことすらできないし、依代からも離れられない。だから僕が、その代わりをする」
「何だ……誰だお前は!」
僕はミラの前に立つ。
男があげた怒声に、僕は笑顔で答える。
「僕はアクト。水の女神の……使途だ」
「女神の……使途? 何だそれは? 冗談のつもりか?」
「もちろん本気だよ。別に君たちに理解してほしいなんて思わないけどね」
「何だと? ん、お前確かこいつと同じ列にいた……」
男は僕とミラを交互に見ながらニヤリと笑う。
「そうかそうか。田舎者通しで助け合うか! まったく低能が集まった所で無駄だというのに」
「生まれなんて関係ないよ。助けたいと思ったら僕はここにいる。いつだって……神様だって同じだ」
母さんはいつだって、僕たち人々の幸福ばかり考えていたよ。
皆が幸福である世界を願い続けていた。
今の世界は便利で、幸福な人は多いだろう。
それでもいるんだ。
他人の不幸を笑い、楽しみ様な奴らが。
目の前にいる奴らのように。
「君たちのような存在こそ、神への冒涜だな」
「ふっ、笑わせるなよ!」
貴族の一人が術式を展開する。
ミラを吹き飛ばした大地属性の魔術を発動した。
僕の足元がぐらつき出す。
「ぶっとんでいけ」
「残念だけど、それは叶わないな」
しかしぐらつきは止まり、術式効果は発動されない。
男は驚愕して目を丸くする。
「何で? どうして発動しない?」
「よく見ると良い。この周囲の地面は湿っているだろう?」
「は?」
地面に染みこんでいるのは、僕が生成した水だ。
「この大地はもう、僕の支配下だ」
「何を言って――」
「水霊濡法」
僕は両手を合わせる。
神様に祈りを捧げるように。
「――
「な、何だ? 何だあれは!」
「空に……水の幕が?」
「これで空も、僕の支配下だよ」
水天は空域に水の幕を生成して、空を覆い隠す技だ。
そのものに攻撃力はなく、あくまで広範囲の攻撃をするための準備。
攻撃するのはここからだ。
「逃げることをおすすめするよ。まぁもっとも、間に合わないと思うけどね」
水天で空に生成した水の幕から、高出力で大量の水を放出する。
水霊濡法――
「
「なっ」
「ぐっ、おあ」
大量の水が空から降り注げば、その圧力と流れに弄ばれる。
男たちは防御も間に合わずに流され、水浸しになった地面に倒れ込んだ。
「手加減はしたし、まだ生きてるよね?」
「っ、貴様……なめるな!」
ミラと戦っていた男が発狂し、炎の術式を発動する。
先の戦いでも使用していた火球と同じものを背後に生み出し、一斉に僕へと発射する。
「水ごと蒸発してしまえ!」
「その程度じゃ届かないよ」
僕に迫る火球は、その遥か手前で水の壁に阻まれてしまう。
「チッ、まだ――!?」
続けて攻撃をしようと男は、踏み出したはずの一歩が力をなくして膝が抜けてしまう。
彼だけではなく、他の男たちも身体に違和感を感じ出す。
「……何だ? 身体が……」
「重いだろう? それに疲労が一気にきたんじゃないか?」
「貴様か? 一体何をした!」
「さて? 教える必要はないけど……君たちは僕の生成した水を浴びただろう? それがただの水だと思うのかい?」
水霊濡法。
この術式こそ、僕がたどり着いた最強の形。
僕だけこの力は、一の術式で千を担う。
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