第557話 グウェルド大使

 飛行場にたどり着くと、飛空艇は降下を始めていた。もちろんそれを阻止させるために多くのバリスタの弾が飛んでくるが、それらは変わらず意味をなさない。そして数分もしないうちに飛空艇は防壁よりも低い地点にまで降下して飛来する矢はピタリと止まり、飛空艇は撃墜されることもなく、飛行場に降り立つ。










「バアル、お主、すごいのぅ」

「どうした、急に?」


 飛空艇が着陸すると多くの貨物が下ろされる中、ジアルドを伴って降りてきたドイトリが、尊敬した視線でそう告げてくる。


「いや、飛空艇は少なくとも儂には造れん。それもアレは作り始めてからまだ一年もたっておらんのであろう?」

「ああ」

「それであそこまでの物を作り出すとは……」


 ドイトリはまるで芸術品を見るように飛空艇を見上げる。


「それよりも、王都で襲撃はなかったか?」

「……三度あった。全部撃退したが、全て身元不明じゃったが、おそらく、ネンラールの手の者じゃろう、それに」


 そしてドイトリの言葉の裏には東部貴族が幾分か力を貸してもいただろうという意味も含まれていた。


「護衛は役に立ったか?」

「ああイゴールが、アルフレッドとカミーロという若者を付けてくれてのぅ、儂らの出る幕が無かったわい」


 その言葉にジアルドとドワーフの集団の周りにいる二人が頭を下げる。


「よくやってくれた、あとで褒美を渡そう」

「儂らも秘蔵の魔具や武器を渡したいのじゃが、いいか?」

「もちろんだ」


 俺が二人に声を掛けると後ろからドイトリがそう告げる。そしてその返答を肯定で返せば二人は喜色の表情を浮かべた。


「ドイトリからも言ったが、護衛を用意してくれて助かった」


 そうこうしているとアルフレッドとカミーロが護衛している集団の中からジアルドが現れる。


「いや、こちらとしても死なれたら損ばかりだしな」

「……バアルみたいなのが多ければよかったのだが」


 ジアルドは先ほど聞いた襲撃の件を思い出しているらしい。


「さすがに、ここまでくれば安全だろう?」

「ああ、同胞に裏切る者はおらんからな」


 やや嫌味だと分かっていてもここで反論しても仕方がないため無視する。


「それよりも条約に関してはどうなった?」

「その答えは私からお答えします」


 グロウス王国との条約の件を聞くと、飛空艇の入り口から返答が返ってくる。


「久しいな、ユリア・・・、それにレナード」

「僕はついでなのかな」


 近づいてくる集団の中央にはユリアとレナードがいた。


「そちら変わりなかったか?」

「殿下たちの策謀・・を除けば何もなかったよ」


 レナードと握手を交わしながら問いかけると、むしろそれしかなかったと返答される。


「それで、ユリア嬢は予定通りに?」

「ええ、無事に大使に任命されました。ご協力を感謝いたします」


 ドレスではなく、実務的に動きやすい服装のユリアが綺麗な礼をして感謝を述べる。


「いや、礼を言う必要はない。俺はユリア嬢に利用されて人質となっている身だ」

「そうでしたね」


 ユリアは苦笑して、頭を上げる。


「それでは荷下ろしはイゴール様にお任せして、私たちは報告を行いたいのですが」

「ああ、そうしてもらおう」


 その後、この場を荷下ろしをイゴールとジアルドが指定したドワーフの一人に任せて、俺たちは領主館へと移動する。














「さて、では、これをどうぞ」


 飛空艇が降り立ってからしばらくもしないうちに、領主館の会議室を使用して報告を受ける。


「一応聞くが、これは?」

「通商条約の写しです」


 ユリアの言葉を聞きながら、受け渡された書類を開く。


完全な・・・写しか?」

「はい、さすがにこれに細工は致しませんよ」


 ユリアの言質を取りながら、書類を開いていく。


「一応要点のみをご説明します」


 ユリアは四方のテーブルの対面で書類について説明し始める。ちなみにほかの場所にはレナードとジアルドがそれぞれ座っていた。


「まず、通商条約におけるもっとも大きな点ですが、現段階において飛空艇の往来になんの制限を掛けない事でしょう」

「つまり、俺がどんな数の飛空艇を飛ばしても問題ないと?」

「はい」


 本来なら、グウェルド側は侵攻の可能性を否定できないため、数の制限は欲しいと思っていたが予想が外れた。


「その代わりに、グロウス王国の王都にグウェルド大使館を設置し、往来に必要な証明書を受け取ることが条件となっています。ただ、例外として3隻までであれば外交目的として、いついかなる時でも渡来していいことになっています」

「おかしくはないな」


 つまり飛空艇を用意して、グウェルドの許可証を手に入れれば交易をしていいことになる。


「次に人と物資の輸送に関してです。まず物資、これは離陸時と着陸時の二重検問を敷くことでそれぞれ合意。禁輸品については別の部分に記載してあるので後程のちほど確認を」

「わかった」

「次に人の渡来ですが、グロウス王国からはグウェルド大使館に許可を取ってからの移送を、そして同じくグウェルド国からはグロウス大使館を設置そこから許可を出した者だけを移送させる手筈となっております」

「その点も理解した」


 ここまでを聞いても特に不審な点はなかった。なにせ構成としてはビザと同じようなものだからだ。


「次に関税に関してですが。これはこちらからは武具防具のみ、あちらからは武具防具装飾品に低税率、それ以外の品目にそれなりの税率を掛けることになりました。具体的な数字に関しては――」


 つまりグロウス王国から武具をグウェルドに売りに行こうとすると商売とは別に関税を取られることになる。逆にあちらからは税を取ることが出来るようになっているという。


(武具防具も税を取られるが、税率は低い。すでにいる鍛冶師達との摩擦を減らせると考えればいい条件だろう)


 当然ながらドワーフの武具防具は質がいい。そう考えればすでにいる同じ鍛冶師たちが職を失わないようにする必要もあった。


(それに東部は工業が盛んで、もし税を掛けなければ猛反発されるだろう)


 東部からしたらより良い武具防具が輸入されれば当然売り上げは落ちてくる。それを考えれば関税は仕方のない部分が多いと言える。逆にドワーフ側からすれば食料はいくらでも欲しいため関税を掛ける必要がない部類だ。それに木材や、動物性の素材もあればあるほどいいだろう。


「ここまでよろしいですか?」

「ああ」

「次に罪人の引き渡しについてですが、グロウス王国にやってきたドワーフはそのままグロウス王国の方で裁かれます。そしてグウェルドに行った人族の方は一度グロウス王国へ返還されてからグロウス王国で裁かれます」


 その記載されている部分を見て、顎に手を当てる。


(不平等だが、仕方がないだろうな)


 目線をジアルドに向けると、目を瞑り不服だが飲むと言うことを体で表していた。


「ほかには他国での就労に関してですが、職に就く分には特に制限はありませんが、店を持つ場合は通常の税とは別途で税がかかる様になっています」

「それは両国においてか?」

「グロウス王国内での話です。グウェルド側はどう考えているのでしょうか?」


 全員の視線がジアルドに向く。


「安心してほしい。飛空艇の輸送を行った利益に関しては取るつもりはない」


 つまり輸送に関しては取らないと言っている。


「大まかにはこれくらいですが、何か質問は?」

「大使館の設立までに俺が帰る事態になった時、飛空艇の取り扱いはどうするつもりだ?」


 俺は視線をジアルドに向けながら説明する。


「その場合はこのウェデリア・・・・・に来てから直接許可を出そう」

「ウェデリア?」


 始めて聞く言葉に疑問を浮かべる。


「ドミニアは数代前のネンラール王が付けた名だ。意味は支配される地だったな」


 ドミニアという名前はドワーフたちにとって不服だと言う。


「……そこらへんには関与しない」


 少しばかり混乱したが、すぐに情報を修正する。


「ほかにはありますか?」

「ああ、関税を払う場所や関税の変更に関して、他にも―――」


 それから細かい場所をこの四人ですり合わせていき、通商条約の認識を揃えるのだった。

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