第558話 解放予定

 通商条約に関してのすり合わせを終えると、終わる頃には夜となり、夜中まで続ける必要もなかったため、一度解散となった。









「しかし、予想外に・・・・解放が早いな」


 夜、宿泊所の一室でレナードとユリアと共にグラスを傾ける。


「ご予定ではいつまでここにいるつもりでしたか?」

「冬まではゆっくりできると思っていたんだがな」


 そういうとユリアとレナードから苦笑が漏れる。


「さすがゼブルス卿・・・・と言えるね」

「そうですね」


 二人とも感心したような声を行う。


「まさか、一年分といえるだけの量をすでに用意しているとは思いませんでした」


 ユリアの言葉通り、父上は条約が結ばれる間、ジアルドと俺の解放の件で交渉していたらしい。


 結論から言うと、本来なら半年分のところを一年分に増量、アズバン家の半年分と合わせて、一年半分の食料にすることで俺の解放の手続きを早めたらしい。


「具体的には二か月・・・でしたか?」

「みたいだな」


 どうやら父上はリクレガに飛ばしている飛空艇もう一隻を一時的にこちらに使うことで、二か月間で半年分を輸送できる準備を済ませたらしい。そのため、輸送量を増やす条件でその半年分が終わったタイミングで解放する様に交渉したらしい。


 この交渉は俺が早く帰ることで飛空艇製造を早めるため、そうすることで双方に得があるから、と普通は思うのだが。


(どうしても、お前だけ休むなんて羨まけしからん、という副音声が見えてくる)


 父上の性格上、おそらく利点はもちろんの上だが、そういった点がないわけではないだろう。


「丁度いい骨休めではないですか」

「まぁ、今すぐというだけまだましだが」


 父上のことだからそうしかねない面もあった。


(そうしないのはこれから始まる前の少し長めの休みというところか)


 目を瞑ると、脳裏に殴りたくなるような笑みを浮かべている父上の姿が思い浮かぶ。


「それにしてもユリアが大使に収まるのに反発は無かったか?」

「ええ、さすがに様々な思惑が折り重なると、丁度良く私が抜粋されました」

「だね、あっさりと決まったよ」


 何かしらあったのかと思い聞いてみるとレナードが何事もなかったように説明する。



 まず、それぞれの思惑だが陛下からすれば無難な人材を推したい。イグニアからしたら、ドワーフの反乱は許容できないが、大使の役職をむざむざエルド側に渡すことはしたくない。エルドからしたら、東部を弱めるために是非とも手の内に入れたいが、エルドや東部の反発ですんなりとはいかない。また東部貴族からしたら、うまく自分たちと調整ができる人物がいい。そしてアズバン家とゼブルス家からしたら下手にバランスを崩す人材についてほしくない。


 そこで選ばれたのが丁度良いと言えるユリアだった。


 陛下からすれば妃としての教育を受けているため問題なし。イグニアからしたら、身内とも言えるユリアなら問題なし。エルドからすれば、ジェシカと対立関係にあるユリアが権力を得ることで内部での争いが起こるだろうと期待しての妥協。東部もグラキエス家という工業に関わる家のためうまく調節してくれるという期待。そしてアズバン家とゼブルス家は均衡を崩さないという意味であり、当初通り推薦通りのユリアに異論はない。



「予定通りとも言えるな」

「だね」


 そういうと、丁度良くそれぞれの酒が切れるので、ノエルや連れてきた騎士たちが酒を注ぐ。


「それで明日からはどう動く?」

「そうですね。まずジアルド様と大使館を設置するにあたっての土地の用意とこちらの現状の正確な把握、そして輸送などの細かい打ち合わせなどですかね」


 ユリアは視線をレナードに向けると、レナードは答えるように頷く。


「それと、それには何日か掛かるはずだから、飛空艇は一度王都に帰すつもりだ。そして次にやってきた飛空艇の帰りに私達は便乗して帰るつもりだよ」

「妥当と言えば妥当か」


 父上が飛空艇を二隻使うことで頻繁に物資の輸送がされる。そのため二人は急いで帰る必要もなく、こちらで手筈を整えてから帰えればいいだけとなった。


「しかし悠長にしているとグロウス学園が始まるだろう?」

「私が出る必要がある公務以外は基本的に任せるつもりです」

「誰に、と聞くまでもないな」


 ユリアの言葉を聞きながらレナードに視線を向ける。


「僕でもあるが、グラキエス卿でもある」

「というと?」

「簡単な事さ、グウェルドのグロウス大使館へ送る人材はアズバン家とグラキエス家が推薦した者達の半々となるからね」

「大まかな方向はユリアやグラキエス家が決めて、細かな調整はアズバン家か」

「なにか問題があるかい?」

「無いと思ってはいるよ」


 外務に長けたアズバン家と東部との調整を担うグラキエス家が、それぞれ人材を出し合うのならばとりあえずの問題点は上がらない。


「さて、話は変わるがいくつか聞いておきたいことが有る」

「なんだ?」

「今回のネンラールの動き、少し妙じゃないかい?」


 レナードはグラスをテーブルに置き、口を開く。


「どういう意味で言っている?」

「こういう事さ、ネンラールはわざとこの反乱を起こさせた印象を僕は感じられると言うことさ」


 レナードのその言葉を聞きながら俺もテーブルにグラスを置く。


「理由は?」

「まず、こちらでも調べたけど、神前武闘大会の表彰式でドイトリが自治権を望んだこと。この時点でドワーフたちは自分たちでの統治を望んでいた」

「そうですね。よくよく考えればあの段階ですでに反乱の兆しは見えていました。それを止める方法はあったはずです」


 ユリアの視線が俺に向けられる。その意図は俺を足止めできれば、あるいは行くことを阻止できれば話は別だっただろう。


「ネンラールの王宮内で何かしらの分裂があったという考えは?」

「無くはないだろうね。なにせ第一王子が戦争している最中、反乱が起これば当然の様に外だけではなく内側にも戦力を割かなければいけない。もし第一王子の戦果を無くし、ただただ徒労で終わらせれば当然名声や地位を貶める要因になるだろう」

「それに加えて、反乱したてのドワーフをほかの王子がうち取れればまた名声が増えるだろうな」


 レナードの言葉に返しながら頭の中でネンラール王子たちの候補を上げる。


(カーシィムはもちろんの事、政治に長けた第二、経済力に長けた第三王子もドワーフの反乱をわざと見過ごしていた節がある。おそらく今ドミニ、じゃなくウェデリアに軍を差し向けたのはどちらかだろう。そしてもう一方がそれを後援し、失敗したら第一ともう片方を攻め、ドワーフの鎮圧に成功したら、二番目の戦功として名を上げると言うところだろう)


 それならばカーシィムに続き、二人がドワーフの反乱を見逃すと言う選択肢も十分存在する。


(となると、カーシィムの狙いだが)

「おそらく、今回でもっとも得をしたのは第五王子カーシィムだろうね」

「……友和・・を推し進めているのか?」


 レナードの言葉を奪う様にそう告げると、レナードは一瞬だけ固まるが、すぐに頷く。


「そう、彼は第二第三王子の様にドワーフの鎮圧を成功させて功績を挙げるのではなく、むしろ全員が失敗することに賭けていたらしい」


 それからレナードの話だとすでにネンラール国内で、ドワーフの不満を聞き入れなかったのだから仕方のないことだと説いて回っていると言う。そしてグウェルド国を認めて、擁立するべきだと話していると言う。


「ある意味ではバアルを信頼しての行動だろうね」

「飛空艇が打ち落とせるならばドワーフはじり貧になるだけだからな」


 もし第二、もしくは第三の用意したあの特大バリスタが飛空艇に通用するのなら飛空艇の補給は見込めない。となれば必然的に亀の様に閉じこもったドワーフたちは時間を掛けるだけで容易に攻略できる存在になっていただろう。


「第一王子は国中の反乱に気を取られて、おそらくアジニア侵攻は止まる。成功する確率がない訳じゃないから、そこは運次第だね。何ならあっちもバアルが支援してみる?」

「手段としてはあるだろうが、そうすれば完全にイグニアに恨まれるからな」


 アジニアに支援することもやぶさかではないが、今のところは気が乗らない。


(直感だが、おそらく切り抜けるだろう)


 グラスを傾けながら優しい笑みを浮かべているあの皇帝を思い浮かべる。


「しかし、そうなるとあのマルクス王が反乱の目を潰さなかったのが疑問ですね」

「それは僕も思った。だから少しだけ調べてみると面白い結果が分かったよ」


 口を挟もうと思ったが、レナードが先んじて口を開くので口を閉ざす。


「この反乱の目を潰さなかったと言ったけど、正解はつぶせなかったが正しいね」

「というと?」

「ある時、ネンラールの王族がドワーフの王族を・・・殺している・・・・・


 その言葉に思わず動きを止める。


「背景としては数十年前、数年にわたる大飢饉が起きた時、ドワーフの王族それも女性がネンラールの王族に支援を求めた。だがそのドワーフの王族が殺されてしまった」

「その情報は確かか?」

「ああ、当時のアズバン家の者が調べた情報だ。まぁ、その僕がその者を疑ってしまえば話はお終いだけど」


 アズバン家は外交の家、当然当時のネンラールに外交官と称する調査員を送っていた可能性が高い。そのため情報の精度も信用できるのだが。


「その女ドワーフが王族だと言う証拠は?」

「当時のネンラール王子が証言したそうだ」

「そうか……」


 レナードの言葉を聞き、ようやくその時の事態が見えてきた。


(アールネナという女性を殺してしまっただけなら裏で謝罪をすればよかっただけだったが、これが王族なると、また話は別になるか)


 レナードの情報に少々粗が目立つが、もしネンラール王が王子と同様にアールネナを王族と判断していたのなら、謝罪できなかったのにも無理はない。


 なにせドワーフの王族、それも慕われている者を王族の手によって殺してしまったとなれば反感は馬鹿にならない。


「……」


 グラスを傾けていると背後からリンの視線が突き刺さる。その理由はただ一つ。


『レナードの話が本当なら、ドワーフの王族が娼婦の真似事をしていたことになる。その者とドワーフの王族の名誉を守りたいなら身分は隠すはずだ』

「!?……」


【念話】でリンにそのことを伝えると一瞬だけ驚いた表情をして後に頷く。


(ただ、本当は王族ではなく、何かしらの間違いでネンラールが誤認していた可能性もあるが、ここに来て話を掘り返しても仕方がないだろう)


 当時のネンラール王の判断の理由はわかったが、ただそれだけだ。結局のところ現在起きていることに変わりはない。


(かといって知らせる気はないがな)


 もしネンラール側が、アールネナが王族ではないと判断すれば数世代前の悪事を公表して公に謝罪が出来てしまう。そうなれば反乱が収まるとは言わないが、やや友和的になってしまう可能性があった。なにせ緊迫しているうちならば、手早くかつ深く友誼を結ぶことが可能で、お友達ならいろいろとやり易くなるのはどこの世界でも同じだった。


「結局のところ、ドワーフの反感は仕方ないと判断して、押さえつける方向で舵を取り始めた」

「そしてたまりに溜まった不満がここに来て噴火したわけですか」


 レナードとユリアが結論としてそう判断する。


「マルクス王はドワーフの反乱を回避できないと知り、王子たちにその先を任せたと言うところだろう」


 その結果第二第三、第五王子の思惑でドワーフの反乱を半ば認めた形となったわけだ。


「だけど、結果として僕たちは今まで触れにくいドワーフたちと直接交流を持てるようになった」


 そういうとレナードをグラスを差し出してくる。


「これからグロウス王国を共に栄させよう」

「もちろんだ」

「はい」


 そして俺たちはグラスを打ち鳴らし、共に酒で喉を潤すのだった。

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