第556話 上達のためにはいい道具を

「――ということじゃ」


 一通りの説明を終えたアルヴァスはわかりやすく説明してくれたらしいのだが、こちらからすれば少々長すぎた。


「つまり、棍の芯の部分があり、それを巻くように覆う部分があって、重さを変えるために先端と中心で巻くのに使う金属が違うと言う事だろう?」


 そうすることで先端をより重くさせているという。


「ま、そうだな」

「そう一言でまとめんでくれぃ。それで、少々歪んだ原因じゃが、模擬戦用に少々手ごろな金属を使い過ぎたのが直接の原因じゃろう」


 アルヴァスはテーブルの上に置いてある棍の中心を掴みだす。


「んんんん、んっ!!」

 バギン!!


 アルヴァスは両手で棍を掴むと顔を赤くさせながら折り曲げる。


「ふぅ~~こういう風にもできるからのぅ」

「だがよ、一応は模擬戦で使えるようにはしたつもりなんだろう?」

「そうじゃ、だが、見ての通り、ある一定以上の力なら折ることも難しくない、もちろん歪めることもな」


 結局のところ、正確に力を測ることもせずに普通の模擬戦用の素材で作ったことが原因だという。


「どれ、バアル、一つ握力を確認させてくれ」

「なに?」


 アルヴァスは何を思ったのかこちらに近づいて来て、手を差し出す。


「なに、全力で握手してくれればいい」

「全力でか?」

「ああ、もちろんじゃ」


 アルヴァスをやや怪訝に見ながらも害もないのだしと判断して、アルヴァスの手を握る。


「じゃあ、よろしくたの、ぐっ」


 握手を始めてから少しづつ力を入れてくると7割ほどの力でアルヴァスの声が呻き声に代わる。


「これぐらいでか」

「さ、参考までに聞くが、いま何割だ?」

「7ぐらいだな、本気で力を入れようと思えば入れられるが?」

「い、いや、もういい」


 こちらの言葉に不穏な気配を感じたのかアルヴァスはゆっくりと握手を外す。


「ふぅ~~七割であれじゃと、相当いい武器を造らないとだめじゃろうな」


 アルヴァスはそう言いながら手をぶらぶらと振る。


「がはは、アルヴァスが負けたのか、面白い!!」

「笑うなドゴエス」

「いや、これは笑うだろう」


 ドゴエスは友人の様な気安さでアルヴァスを見て笑っていた。


「しかし、こうなると少々値が張りそうだな」

「そうなのか?」

「ああ、まず同一の素材での棍は安定しやすい、なにせ比重を考えずに鍛造するだけで済むからのぅ。だが、その反対に複数の合金を重ね合わせて作られた武器は特徴はできるが不安定になりやすい。おそらく夫人の様に同じ合金のみで作られた棍ならば、ほどほどのものでも模擬戦に使えるだろうが……少し特徴的な棍となるとな」


 遠心力を増やすために重さの比重を変えることで模擬戦では心もとなくなるらしい。


「じゃあ、模擬戦様に作るのは厳しいのか?」

「いや、そうではない、一つ格上の素材を使えば十分使えるようになるじゃろう」

「そしてその代わりに少しばかり値が増えると言うことだな」


 素材をよりいい物にしてしまえば使えるようになるが、当然のごとく値段は上がる。


「マシラ、必要そうか?」

「必須ではないが、あれば上達の補助になる」


 マシラに問いかけるとそう返ってくる。


「じゃあ、アルヴァス、模擬戦用をいくらか見繕ってくれ」

「これよりも少し高くなるが?」

「構わん」


 身に着けておいて損のない技術ならば、上達のための費用として許容する。


「了解じゃ。しかし、そうなると本来の・・・武器をどうするべきか」

「何の話だ?」


 アルヴァスが違う話題に移るのだが、そちらに聞き覚えが無かった。


「ん?実践ではハルバードを使っているんじゃろう?だが今習っているのは棍じゃ、そうなれば棍の実戦用も必要じゃろう」


 そう言われると確かにそうだと納得する。


「だが、ハルバードは魔具だ。それ以外は使う機会がないと思うが?」


 今までの人生でバベルで事足りなかったことは無い。それを考えればいるとも思えないが。


「確かにそうじゃろう、だが相手がどんな方法かで魔具を使えなくさせたらどうするんじゃ?それに余裕があるんじゃろう?なら特注品を持っておいても損はないぞ」

「……その通りなんだがな」


 慣れ親しんだバベルとは別の武器を持つ。そのことを考えたこともあるが、実感すると、何とも奇妙な感覚がしていた。


「ま、用意すると言っても、今は厳しいじゃろう」

「だろうな」


 先ほどドゴエスが溶鉱炉が稼働していないと言った。そんな状態でこちらの要求水準を満たす合金を造れるわけがなかった。


「う~~ん?バアルなら持っているんじゃない?」

「レオネ?」


 ふと後ろから声がかかると頭の上に腕を乗せられる。


「レオネ」

「あ、ごめんごめん、でもバアルは飛空艇を造っているんだよね?なら素材とか持っていそうだったからさ」

「…………ないこともない、か」


 レオネの言葉で頭の中で何かあったか考えていると、ずっと前から持っている物が思い浮かぶ。


「これはどうだ?」


『亜空庫』から黒銀くろがね色とも呼べる金属の塊を取り出す。


「これは…………クシュル鋼・・・・・か?」

「よくわかったな」


 一見するだけでは何の鉱物かわかりにくいはずなのだが、ドゴエスは一目見ただけでどんな物かを当ててしまう。


「これはどうしたんじゃ?」

「昔、ダンジョンの報酬で手に入れてな、使い道がないからずっとしまってたものだ」


 クシュル鋼、手に入れたはいいが、あるのは目の前の塊一つだけなので使い道がなかった。


(それに、組成式がわからない事には錬金術も意味をなさなかったしな)


 一応大きさと密度を測り、それらしい元素を特定したのだが、錬金術では分解も変形もできなかった。


「使っていいのか?」

「こちらとしても置いておいてもそうそう使い道がない物だ。使えるなら有効に使ってほしい」


 そういうとアルヴァスはクシュル鋼を手に持ち、もう片方の腕で、顎をさすり始める。


「どう思う?」

「そうだな、クシュル鋼は硬度も靭性も極めて高く、魔力による変質が少ない、使うとしたら芯だろうな」

「周りはアダラ鋼か?」

「それもありだが、ルイヴ合金の方がいいんじゃねぇか?」

「いや、あれは―――」


 それからアルヴァスとドゴエスは様々な金属や合金の名前を出しあい、この場で議論を始めだした。


「……レオネ」

「な~に?」

「出すべきだったのか?」


 それを横目にレオネに問いかけると、レオネは笑みに成りながら離れていく。


「さぁ~ね~」

「あ~ね~」


 レオネが楽しそうにそう告げるとイオシスも同じように繰り返すのだった。


「良かれと思ってやったことだろう、なら感謝する」

「うん、いいよ~」


 レオネに感謝するとよくわからない返事を聞きながら、目の前で二人の議論が終わるのを待つのだった。












「いや、だからな――」

「んだと、そっちは――」


 クシュル鋼を出してからしばらくしても、まだ二人の議論は続く。


「おい、いい加減に――」


 さすがに長いと思い、二人と止めようとするのだが。


 ゴォン!!

 ゴォン!!

 ゴォン!!


 どこからか、銅鑼の音が鳴り響いてくる。


 ガタン!!×2


「来たか!!すまんが俺は行くぜ!!!」

「バアル様、話はまた後日たのむ!!」


 二人とも椅子を蹴飛ばす勢いで、立ち上がると、そのままその足で入り口に急いでいく。ちなみに壊れかけた棍もクシュル鋼もテーブルに置いたままでだ。


「なんだ、あれ?」


 その様子を見てマシラは首を傾げる。


「おそらく、理由はあれであるな」


 マシラが疑問を呈する中、オーギュストが頭上を見上げながら、そう告げる。


 全員が空を見上げると、そこには豆粒大の飛空艇が見えていた。


もう・・帰ってきたか…………」


 目を細めて、ケートスの姿を確認すると、もう少し遅くてもよかったと思いながら、思わず口に出してしまう。


「ここは喜ぶべきでは?」

「そうなんだが、もう少しこんな生活を送りたかったよ」


 俺は二人の様に慌てずに、イオシスをリンに預けてから、立ち上がる。


「仕方がありません。バアル様がなされたことの義務なのですから」

「そういう話はあまりしたくないがな……じゃあ行ってくる」

「はい、いってらっしゃいませ」


 リンとやり取りを終えると、オーギュストを宿泊所の屋根の上に向かわせて飛来するバリスタの矢を防がせるように指示を出す。その後、エナとティタを連れて、隣の飛行場へと目指すのだった。

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