第554話 到着までの調整

 飛空艇が飛び立ってから六日目の昼。俺は自室のソファに腰かけて、ある物を耳元に当てる


「では、無事に到着・・したのですか」

『ああ、彼らの感想だが後で直接聞いてみるといい』


 通信機の先は近衛騎士団団長グラスだった。そしてこの通信が来る前に飛空艇が降り立ったとも連絡が来ている。その報告を聞いて、やや時間は掛かったもののしっかりとたどり着くことが出来て胸を撫でおろしていた。


「現在の彼らはどこに?」

『王城の一室を貸し与えている』

「護衛は?」


 こちらの意図を理解したのか、グラスは苦笑しながら答える。


『安心しろ、危害を加えそうにない団員たちを選んでいる』


 ここで下手な危険な騎士を選んでしまえば、最悪は殺害という可能性も出てきてしまう。グウェルドの王と言えるジアルドがやられてしまえばどうなるかは明白だった。


『それよりも、結ぶ条約だが、大体を聞いたが、問題ないな?』

「はい」


 そしてこの六日間、俺は頻繁にグラス、父上、陛下と連絡を取り合っていた。


(とは言え、俺がいないのに詳しくは条件をそろえられないため、それなりに緩く作るしかなかったが)


 通信機の存在を知る者はそう多くない。それこそ影の騎士団に支給している時点で、その存在はできるだけ隠蔽するに限る。そしてだからこそ、すでに俺との間で話し合いが終わっていない風を装わなければいけなかった。


『本格的な動き出しは、バアル殿が帰ってきてからになるだろう』


 飛空艇に関しての条件に関しては後々に俺が固めなければいいだけなので、今は緩くていい。また飛空艇の独占を手放すなら話が別だが、もちろんそうではない。


「それと、用地・・の準備も終わりましたか?」


 次に訪ねたのは土地についてだった。


『すでに、防壁の外の土地を用意している。それも入り口近くだ』


 王都でも飛空艇を飛ばすとなると当然の様に飛行場が必要になる。だが王都はゼウラストと同様、中には数多くの建物や倉庫、農地が存在しており、まさにぎっしりと言い表せるほどだ。


 そこで取った方針はゼウラスト同様、防壁に沿う様な土地を用意して、その周囲を防壁で囲むことだった。


(正直言えばイドラ商会の近くに膨大な空きがあればそれに越したことがなかったが、仕方ない)


 飛空艇での輸送はイドラ商会の業務として組み込む予定なので、できればすでにある建物を利用したかったのだが、これに関しては仕方がない。


「期間はどれほど?」

『バアル殿には悪いが、早くても半年、下手すれば数年かかると思っている』

「まぁ妥当でしょう」


 防壁の増築ともなればそれぐらいは仕方がない。また、肝心のケートスはゼブルス邸の庭に置いており、そこで機竜騎士団とイゴールたちが警備している状態だった。


「どちらにせよ、私は当分は帰れません。その間に用意出来れば丁度いいと言う事なのでしょう」

『それだが、少しばかり早まりそうではある』

「??というと」

『エルド殿下がグウェルドの王と接触を図ろうとしている』

「なるほど、目的は?」


 グラスからエルドの動きを聞いても特に驚きはしなかった。むしろ複数の目的のどれから、あるいはその複数を持って接触するだろうと予想していたからだ。


『一言で言えばイグニア殿下を削ぐためにグウェルドの自立を手助けする、だな』

「予想の範疇ではありますね。具体的な内容は?」

『バアル殿の即時解放、その見返りに傭兵・・を送り込むとのことだ』

「それはエルド殿下の私兵という事でしょうか?」

『それもあるらしいぞ』

「らしい?」

『ああ、何でも、西で・・傭兵が余り始めたらしくてな、今そいつらの大半は東に・・移動しているらしい』


 グラスの言葉で納得する。


(アルバングルとの戦争を俺が潰したから、傭兵が行き場を無くした。そして仕事を求めて、ネンラールとアジニア、もしくは東方諸国を目指したと言うところか)


 戦争を生業とする傭兵なら、そう移動してもおかしくない。


『そして、エルド殿下はそのうちの傭兵団をいくらか抱えておいた。目的はネンラールと交戦状態になれば即座に投入できるようにとのことらしい』


 俺がネンラールに移動する前は、ネンラールはアジニア皇国に手こずっていた。それを考えればネンラールの勢力を削ごうと動き出していてもおかしくはなかった。


「一考の余地ありますが……おそらく断るでしょう」

『そうなのか?』

「はい、見た限りですが、ネンラールはまだ本腰を入れていません。今ならばひとまずは追い返せるかと。それに戦っている相手が人族ともなれば人族の傭兵は信用しにくいでしょう」


 ただ、ジアルドはこちらから立つ前に俺に戦力を出せないか聞いて来ている。それを考えれば飲むことがないともいえない。


『だが、結局はバアル殿次第だな』

「でしょうね。まだまだ、民間で運用するには設備を整えていません。国や貴族が持つ騎士や兵士ならまだしも、根無し草の彼らを安易に運搬はできません」

『そうだろうな』


 通信機の先でグラスが肩を竦めている様子が分かった。そしてだからこそ早く進めるために早急に解放するかもしれないということらしい。


『で、話を戻すが、条約は予定通りに進めたいと思っている。明日から四日間を目安に条約の会議が行われ、リチャード殿、そしてレナード殿も居合わせる』

「予定通りですね」

『そしてもう一つ、実は二日前、ユリア嬢が王都に入ってきており、陛下にグウェルドの会議の場に居合わせたいと言ってきているのだ』

「……それが何の問題が?」

『ユリア嬢は東部貴族、それも、イグニアの婚約者でもある状態でネンラールの国力を削ぐための大使にするつもりだと?』

「ええ、完全に無関係な者が大使になるよりも、ネンラールと離反しかけているが東部の者である、ユリア嬢が適任だと思いますが?」


 そういうと、通信機の先からの返答はなくしばらく沈黙が流れる。


『……ジェシカ嬢への牽制、そして均衡の維持というわけか』

「その通りです」


 グラスはそう答えを出すが、何やら声色が暗い。


『バアル殿やレナードなら話が早かったのだが……』


 グラスの言葉は差別のように感じるが、仕方のない面が大きい。なにせこのままいけばユリアは王妃となる予定だ、そんな彼女に大使の役割をいつまでも負わせ続けるわけにはいかない。


「なにも永年というわけではありません。ほどほどのタイミングで交代してしまえばいい話です」

『そうだな……だが、覚えておいてほしい。ユリア嬢は少々不安定な状態だ。それを踏まえて大使の役割に推すのならバアル殿にもそれなりに責任が生まれる』


 グラスの真剣そうな声に思わず眉を顰める。


「何か問題が?」

『いや、ただの経験則だ。ユリア嬢の立場では、問題が起きないほうが珍しいからな』


 グラスはユリアの何かしらの問題が起きた際を想定してのことだったらしい。


「ご忠告痛み入ります」

『さて、長話は終わりにしたいが、一つだけ聞きたいことが有る』

「なんでしょうか?」

『飛空艇の輸送でゼブルス家の仕事書類が送られたと聞いたが、そこに深刻な情報漏れなどはないな?』

「ありません」


 グラスの言葉に即座に帰すとグラスは喉を詰まらせる。


『そう言い切れる根拠は』

「簡単です。この六日間ですべての書類に目を通しましたが、全てが見られても無意味と呼べるものだらけでした」

『全て見たのか?』

「ええ、丁度いい暇つぶしになりましたよ」


 視線をテーブルの上に置いてある書類の山に向けるが、それら全てが重要なものではなく、この地でもできるものばかりだった。


(頭の体操に丁度いいドリルというところだったな)


 程よい暇つぶしにはなっていた。


『そうか、ならばいい。何か事態が進展したのならばまた、連絡しよう』

「よろしくお願いします」

『では、息災でな』


 その言葉を最後に通信機が切られるのだった。


「お疲れ様です」


 通信機を切ると、体面のソファでイオシスを膝に乗せているリンが労ってくる。ちなみにイオシスの声が通信機に入らなかったのはリンのおかげと言えた。


「それで、話を聞いていましたが、四日後までに会議が続くのですか?」

「その通りだ」

「それでは、飛空艇がこちらに戻ってくるのも大体8、9日後ということですか?」

「そうなっているだろうな」


 予定ではこの四日間で、ゼウラストとアズリウスから食料を集めて、積み込み作業が行われる。少し時間を掛け過ぎだが、下手にジアルドを置いておくよりは出発を少し先延ばしにした方が安全だと判断していたからだ。


「うぅ~~?」


 損な話をしていると、イオシスが疑問の様な声を上げて、扉を見る。そしてしばらくするとその扉が開かれる。


「お~い、そろそろ時間だが、大丈夫なのか?」


 扉を開けたのはアシラであり、その身にはいろいろな装備が付けられていた。


「また、増やしたのか?」

「ああ、いろんなのを使ってしっくりくるのを試しているところだぜ。まぁお袋には負けるが」


 昼を過ぎると、俺や手の空いたものは中庭で訓練を行っていた。そしてアシラもその一人で、本人はドワーフに見繕ってもらった騎獣用の装備をいくつも試していた。


「では行ってくるが」

「私はこのままで、なにせ―――」

「くぁー」


 リンのひざ元でイオシスが欠伸をする。


「昼ごはんを食べたばかりなので、こうなるかと」

「そうか……じゃあ行くぞ」


 俺はアシラを連れて中庭を目指すのだった。

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