第553話 降ってきた仕事

 レナードと取り決めが終わった翌日、朝から着陸場では人が多く動いていた。


「随分と積み込むな」


 俺は宿泊所の隣に用意された飛空艇の着陸場に来ているのだが、そこにはこちらの希望した・・・・コンテナ・・・・がいくつも用意されていた。


「中身はなんだ?」

「ん?ああ、当面は意味が無い物ばかりだ。ご機嫌伺い・・・・・とも言えるな」


 ドイトリはそういうとまだ運び始めるコンテナを開け始める。


「また、金ぴかだね~~」

「ここまで貯め込んでいたのか」


 レオネが言う通りコンテナの中では金色と銀色、そして宝石の様々な色がコンテナ内を反射していた。


「いいのか?これだけでもかなりの財産だぞ?」

「問題ないわい。戦では碌に使い道がないからのぅ。何より当分はどちらにしろ死蔵する物じゃ、ならば、ここでいい印象を与えるために使った方がいい」


 確かにこれを陛下や多くの貴族のいる前で譲り渡せば好感を得られるだろう。


「死蔵か、だろうな」


 戦時中、特に武器にも飯にもなりにくい金銀財宝は正直要る物ではない。


(実際、今使わなければいつ使うのかって話だな)


 ドワーフたちが現在、交易路として活用できるのは飛空艇のルートしかない。当然その価値を示さなければ今後はやっていくことが厳しいだろう。


「それで、誰がグロウス王国へ行く?ドイトリか?」

「儂は当然じゃ。なにせ、ジアルド・・・・も行くからのぅ」


 その言葉に思わず動きを止める。


「本気か?」


 事前に使節団を派遣することは聞いていたが、そこにジアルドがいるとは聞いていない。


「ああ、本気だ・・・


 こちらの問いかけにドイトリではなく背後から答えが返ってくる。


ジアルド・・・・、お前はグウェルドの王とも呼べる存在だ。今ここを不在にするべきではないと思うが?」


 背後を向くと王族と言えるよう豪華な衣装を着こんだジアルドの姿があった。


「それでもこの条約が結べなければ意味が無い」

「ケートスを使って移動するなら、ドワーフの数は絞らざるを得ない。少数で行くことを容認できるのか?」


 ケートスは残念ながら飛翔装置などをそのまま積んである。そのため外部の存在を大勢乗せて帰ることは認められない。


「何人だ?」

「最大限譲歩して5人、そこはジアルドでも変わらない」


 この数は事前にジアルドとレナードとの会談で決まっていたが、さすがに変更することはできなかった。


「問題ない。バアルやユリア、そしてレナードという味方がおり、それは私がグロウス王国内でも孤立無援ではないことを示している」


 その言葉に好感を得ることは、できなく・・・・、むしろ頭痛がしそうな思いだった


「期待するのは勝手だが、それで死なれればこちらの予定がご破算になる」

「だが、実務で言うと私が一番長けているのも事実だ」


 ジアルドは現在の反乱が起こる前はドワーフたちの取り決めと例の領主ユルグやほかの貴族とかの交渉事を生業と居ていた。それを考えればドワーフの中で人族の情勢に詳しく、交渉に長けていると言えた。


「……ふぅ、イゴール」

「ん?なんですか?」


 軽くため息を吐いてから、飛空艇の周囲で警戒を続けているイゴールを呼ぶ。


「護衛に長けている者を4名見繕え、それらをジアルドがグウェルドに帰還するまで護衛に付けろ」

「また、急な話ですな」

「いろいろと状況が変わった。それと、その者が東部やネンラールとの繋がりがないこと、弱点になりそうな部分がない者を選んでくれ」

「了解しました」


 イゴールは肩を竦めてやれやれと首を振る。


「済まないな」

「さすがに陛下からも護衛が着くと思いますが、ご注意を」

「感謝する」


 ジアルドの感謝を聞くと、俺はイゴールと相談して、急いで人選を整えるのだった。












 その後、昼前まで、飛空艇の点検、荷物のチェック、人員の確認、またドワーフたちに飛空艇内における動きを注意し終えるとようやく飛行する時間となる。


「さて、では、バアル様、またしばしのお別れですな」

「帰ったら、飛空艇絡みで今まで以上に顔を合わせるはずだ」


 現在、最低限の騎士たちが飛空艇の周りを囲み、飛び立つ前の警戒をしている。


「バアル様はこちらに帰るまで何をなさるおつもりで?」

「さぁな、だがしばらくは休暇の様な日々を過ごすだろう。係争地というのがいただけないがな」


 そういうと俺とイゴールは握手を交わす。


「さて、無事に飛び立てよ」

「ええ、もちろん」


 そして握手が終わり、イゴールが部下に声を掛けながら飛空艇に近づいてく。


「ああ、そうだ。バアル様」

「なんだ?」

「ご当主様からお土産・・・があるらしいので、きちんと見ておいてください」

「お土産?」


 事前に何かが届けられるとは聞いていない。サプライズならありえそうだが、わざわざこんな戦地に持ってくるほどのものなのか疑問に感じてしまう。


「……いやな予感がするが」

「わっははは、それでは、文句はご当主様へどうぞ」


 そういうと、イゴールは楽しそうに飛空艇に向かって行くのだった。












 それから最終点検を終えた声が着陸場に響くと、その後数分もしないうちにプロペラが回転し始め、同時に飛空艇が飛び立ち始める。飛空艇はそのまま上昇を続けると、ドミニアの防壁を越える高度に達し、その途端にバリスタの矢が飛来する様になった。


「さて、すんなりと飛ばさせくれるかどうかだが」


 俺はその様子を宿泊所の窓から眺めていた。


「もし懸念があるなら、途中まで護衛に回りましょうか?」


 背後にいるリンがそう提案してくるが、首を振って、問題ないと告げる。


「ああ~~!!」

「何度見てもすっごいね~~」


 そしてほかの窓際にはイオシスとそれを肩車したレオネがいた。二人とも飛空艇が飛び立つさまを見て口を開けている。


「それよりも、問題はこれだな」


 俺は壁際に置かれている一メートル四方の木箱、三つを見る。


「ご当主様からの贈り物と聞きました。バアル様を心配しているのですね」

「ノエル、父上はそんな人物ではない」


 ノエルは親子仲が良いことは良いことだと言わんばかりにそう言うが、俺は違うと直感で察していた。


「そうなのか?」


 ヴァンが中身は何か気になっているのかちょくちょく木箱を見ながらそう聞いてくる。


「……開けてみればわかるだろう」


 埒が明かないと判断して、木箱の元に移動してその一つの蓋を外す。


「え??なにこれ?」


 興味を惹かれたのかクラリスも横に来て眺めるのだが中に入っているのが紙だけだと分かると、目を白黒させる。


「ほかのも開けてみろ」


 俺の言葉でヴァンやクラリスがほかの木箱を開けてみると、そこには同じような紙の山が存在していた。


「あの、これ」


 そしてヴァンは開けた木箱の書類の上に乗せられている手紙を渡してくる。


「…………はぁ~~」


 その手紙の封を開けて中身を見ると、長い溜息を吐いてしまう。


「なんて書いてあったの?」

「見てみるか」


 クラリスに見せてもいい手紙を渡す。


「えっと……ああ、なるほど」

「これ、何かの書類ですか?」


 クラリスが納得した表情をすると、ノエルが紙を一枚手に取り確かめる。紙の裏には何やら文字が記載されていて、なにか書類だった。


「あの……」

「手紙を要約するとだな――」

「バアルだけ、ここで休んでいるのはけしからん、だから重要度は低いが書類仕事をしろ、だって」


 俺の代わりにクラリスが内容を告げると、この部屋にいるほとんどから哀れみの視線を受けることになる。


 その後、飛空艇へのバリスタが無くなるのを見届けると、それぞれ自由に過ごすことになった。














「それで、あの書類は何のつもりですか?」


 飛空艇が飛び立った日の夜、俺はあの書類について聞くために、自室で父上に通信を行う。


『それはもちろん、バアルだけが休むなんて狡いからに決まっている』

「……そんな堂々と言われても」


 問い詰めたはいいが逆にはっきりと言われてしまい、面食らう。


一応は・・・虜囚と言える身なのですが?」

『問題ない、そこの書類は重要度が低い物だけだ。それゆえに見られてもさして問題はないし、期限が遠い』

「だから、こちらに送ってもいいと?」

『そうそう』

「その裏に嫌がらせは?」

『あるある』


 ノリで聞いてみたら、普通に返答が帰ってきた。


「……」

『いや、まて、今の違う』


 思わず返答したらしく、慌てて父上は言い繕ってくる。


「まぁ、いいでしょう」

『なんか、怖いな』


 こちらの言葉に通信機の先で怖がる父上の姿が見える。


「文句ついでに報告をします。―――」


 それから説明する、ドミニアでの現状、今回の食糧補給で俺たちは戻らずにドワーフの使節団がそちらに向かったこと、そしてその際にレナードを味方につけて、この先の飛空艇の展望を漏らしたこと、そしてその際に俺が解放されるための量の半分をレナードが負担すること。


『ふむ、なるほど』

「なので、グロウス王国に彼らが降り立った際のサポートをお願いします」

『ふむふむ、え?』


 急な話で父上が狼狽える。


『待て待て』

「大丈夫でしょう、急に降って湧いた仕事に私が対応できるのです。父上が出来ないわけがありません。ありませんよね?」


 急に仕事を押し付けたことの仕返しが出来たことで少しだけ溜飲を下げる。


「では、陛下やグラス殿、レナードやユリア嬢との調整をお願いしますね」

『ちょっと待っ――』


 その一言だけを残して通信機を切るのだった。


(条約を結ぶにあたっての調整、ユリアの擁護、物資の輸送の管理、ドワーフの使節団の護衛の手配、利益の分配、まぁ俺の休暇と釣り合わせればこれぐらいだろう)


 飛空艇が帰ってくるとしても、早くて二週間後、それまでの休暇を程よく潰してくれたことに対した仕返しはこれぐらいで十分と判断する。


(さて、ここまでは上手くいった、あとは俺が直接関われないから少しだけ不安だが……まぁ、あの、父上がへまをするとは思えないからな)


 そう思いながら夜風に当たりながら、酒を呷るのだった。

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