第552話 移動の価値
飛空艇が降り立った日の夜、会議を終えた俺やレナード、ジアルドは解散して、それぞれ休息を取る。俺とレナードはそれぞれ宿泊所で、ジアルドは何か進展があったのか、ドミニアの町に消えて行っていた。
そして、俺は晩酌を行うために自室にいた。
「へぇ~じゃあ、私たちが帰るのはまだ先なのね」
「希望するなら、先に帰してやることもできるが?」
雲があるのか、空に月がない今夜は部屋の中の灯りでグラスの中の氷が輝く。
「いえ、別にいいわ。正直帰ったとしても、あるのはバアルがいない学園生活だけでしょ?すでにグロウス王国の空気とかはわかったから、行く意味がないのよね」
クラリスは現在、グロウス学園中等部に所属している。それも三年のため、今年が終われば、他国の姫であるクラリスがわざわざ居座る必要はない。
「だろうな。だが、帰せるとなると、明日飛空艇がグロウス王国に向けて飛び立って、4、5日経って到着、そこから条約や条件の提示などいろいろと動くだろうが、そのころには学園が再開している。時期的には丁度いいんじゃないのか?」
「……私に居てほしくないの?」
クラリスの問いに肩を竦めて、グラスに口を付ける。
「今回に限っては帰ってくれてもいいと思っている」
「そう、追い出したいわけね」
クラリスは暗そうな顔をしながら悲しそうに告げる。
「クラリス、
「はいはい、わかっているわよ」
軽く諫めると、クラリスはまるで嘘、いや本当に嘘だったように表情を元に戻す。
今いるのは完全な係争地だ。そんなところに婚約者や大事な客人を置いておきたいと思う奴はそうそういないだろう。
「それで、どのくらいで帰るつもりなの?」
「そうだな、さっきも言ったが、4,5日でレナードとドワーフの使節団が向こうに着く。そしてそこから条約を結ぶが、それにどれくらい時間が掛かるかは不明、また、ドワーフに一年分の食料を売り渡す話になっているが、それは正確にこの町の人数を把握してからじゃなければ計算できないだろうだが、早くとも2,3か月、長くても年内には帰れると思うぞ」
「それは、また……」
期間を聞くと、クラリスはやや顔を歪める。
「でも、その話だと、年内ギリギリに帰っても、輸送の商売に間に合うのかしら?」
「間に合うと思っている。すでに簡略化する目途を立てておいたからな。問題があるとすれば人だが、そこも何とかするつもりだ」
「そ、なら、ここの景色に飽きたから帰るって言ってら?」
「もちろん、お姫様の言う通りに」
クラリスが茶目っ気を持ちながら言うので、こちらも同じような口調で返答する。
コンコンコン
それから二人でドワーフ自慢の酒や軽く作ったつまみを楽しんでいると、扉がノックされる。
「バアル様、レナード様が一度お会いしたいとのこと」
扉の先から、そう告げてくる。
「いいわよ、会いに行っても。私はバアルよりもっとかわいい子を愛でてるから」
クラリスの視線がベッドの上で寝ているイオシスとそれをあやしているリンに向く。
「そうか、わかった、会うと伝えろ」
「はっ!!」
扉の向こうから足音が遠ざかっていく。
「さて、オーギュスト、ティタ付いて来い」
ソファから立ち上がると背後にいるオーギュストと長椅子に寝転んでいるエナを支えている蛇のティタに声を掛ける。
そして二人とも一度頷き、こちらに近づいてくる。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
ベッドに向かう途中にイオシスから目を逸らさないクラリスにそう告げられ、苦笑しながら部屋を出るのだった。
「やぁ、足労を掛けて申し訳ないね」
レナードの自室に訪れると、そこでは先ほどの俺たちと同じように晩酌を楽しんでいるレナードの姿があった。
「どうぞ、掛けてくれ」
レナードの勧めるままに対面のソファに座る。
「まずは一杯どうだ?」
「いただこう」
レナードの部下がグラスを用意して、そこに酒を注ぐ。それを受け取ると、俺は口に付ける前にティタに渡した。
「毒なんか、入れてないのに」
「もちろんレナードは疑っていない。だが、レナードの意思とは関係なく毒が盛られている可能性があるなら、確認するに限るだろう?何よりそちらも飲む前に部下に毒見をさせなかったのか?」
そういうとレナードは苦笑しながら頷く。
「……問題ない」
ティタが、少しだけ酒を飲むと毒がないことが確認される。
「今の行為で気を悪くさせたのなら謝罪しよう」
「いや、構わないさ。それよりも、バアルの無事に乾杯だ」
チンッ
レナードがそういつてグラスを差し出してくるので、問題ない範囲でこちらのグラスで打ち鳴らす。
「それで、酔いが回る前に聞いておきたい。何の用件だ?」
グラスに一口つけてから、レナードに問いかける。
「そうだね、長々と無駄話は君らしくないね」
レナードはこちらと同じくグラスに一口だけ付けると、グラスをテーブルの上に置く。
「バアル君、君が解放されるための一年分の食糧、その半分をこちらで負おう」
レナードは真剣な表情でそういう。
「……その理由は?」
「ゼブルス家、南部は確かに豊穣の地を持つ。確かに、グロウス王国全体を支えられるだけの収穫量は驚異的なほどだ。そしてバアル君の食糧を保存する技術を開発したことで、グロウス王国では下手な輸入などはしなくてもよくなった。こうなればグロウス王国は食料という点では安定的になるだろう。だがそれでも飢饉に陥る可能性が無いわけではない」
レナードは確かめるようにそういう。
「長くに続く不作、火事による消失、略奪、そういったことで食糧危機に陥る可能性もゼロではない」
「こちらとして半分を負うための都合のいい口上にしか聞こえない」
何年も続く不作、火事による消失など言ってしまえば、どこまで貯蓄してもすぐになくなる可能性がゼロになるわけではないという口実だ。
「そうだね、なら、結論を。バアル君のおかげでノストニアと交易が出来る状態になっている。そのため、食料の供給が南部と北部で持つことができる状態になった。なら、リスクは等分しておく方が何かあったときに動きやすいと思わないかい?」
確かに何かしらの影響でその一年分の食糧すら必要になる場面が低い確率だが、あるかもしれない。そしてその時のために、アズベン家とリスクを折半しようとしう。
「言い分は納得した。だが、なぜわざわざ行う必要がある?アズバン家には食料の優先的な販売権を渡すつもりだが?」
実のところ、ここで引いてもいいが、少しばかり相手の出方を探る。
「そうだろうけども、バアル君、今ゼブルス家にはすぐに一年分を出せるだけの食糧の貯蔵はあるのかい?」
レナードの言葉に少しばかり、口を閉ざす。
「アルバングルという新しい国が出来て、リクレガという新しい町を作った。その町に何かしらが起きた時のためにあらかじめ多めに食料を渡していないのかい?」
レナードの言う通り、
「はぁ、再度言うが少々回りくどい」
「そうだったね……アズバン家はかなり多めに食料を輸入している。おそらくグウェルドの半年分の食糧ともなれば即座に一括で払えるほどにね」
「なるほど、だからすでにある分は即座に売ってしまいたいと言う事か」
アズバン家からしたら、利益と最初に食料を送り込んだ存在という印象が残る。
(利に叶ってはいるが……別に急ぐ必要もないと思うが)
そう思っていると、レナードが不思議そうな表情をする。
「
「どういう意味だ?」
素直に問うと、レナードは納得の表情を浮かべる。
「率直に言おう、その半分をそっくりそのままゼブルス家に送る。無論これには報酬を求めないつもりだ」
「……どういうつもりだ」
「おそらくバアル君が考えているのは二つだろう、買ったはいいが食料が余り過ぎている事、そしてもう一つが最初に食料を売ったという箔がほしいと思っていると」
「……後者だと予想していた」
「そう思われてもおかしくはないだろう。だが私が本当に欲しているのはそうじゃない」
レナードはそういうと一度グラスに口を付ける。そして酒で唇を湿らすと、口を開く。
「私が望むのは二つ。バアル君の言った人や荷を輸送する商売を早くに始めてほしい事、そしてもう一つだが、
「……なるほど、輸送が始まるとなれば」
「そう、おそらくは機密漏洩の対策が出来たのだろう?なら、もはやごく少数だけが使い、機密を守るという使い方をしなくて済む」
だから、アズバン家は俺を解放することに手を貸すという。
「欲を言えば、外交用に特製の飛空艇を造ってもらいたいが、これは高望みが過ぎるからね」
「この先に無くはない、としか答えられないな」
こちらも同じようにグラスに口を付けて、口の中を潤してから、口を開く。
「ならばこういう事か、レナードはこちらにグウェルドの要求する食料の半分を渡す。その見返りに――」
「輸送で
外務卿ならではの移動手段の確保という事らしい。
「陛下を通せばこちらが断れないだけだろう?」
「そうだけど、それだと陛下にいちいちお伺いを立てなければならない。だが輸送に関しての便宜だけなら、そちらも飲みやすく、こちらも動きやすい」
こちらとしては陛下にアズバン家に使わせろと言われれば逆らえない部分が大きい。だが、アズバン家からしてみれば陛下に何度も尋ねるぐらいなら、一般私用に少しばかり便宜を図るだけの方がよっぽど役に立つと言う。
(外交を生業にしている家だからこその利点か)
アズバン家は外務卿ならではの価値観で、移動時間の短縮に一番価値を見出していると言える。それゆえに輸送が始まった際の便宜を図ってほしいと言うわけだ。
「取引、というよりも投資に近いか」
「そうだね。私はバアル君が早めに戻れるように半分を出す。そしてその見返りに輸送に関して便宜を図ってもらう。どうかな?」
レナードの問いかけに少しだけ考えて答えを出す。
「二つ条件がある。便宜を図るのは人の輸送に関してだけ、貨物に関しては無関係とさせてもらう」
「飲もう」
「もう一つだが、飛空艇での海外への輸送にはやはり王家の承認が必要となる。そこだけは理解していてほしい」
そういうとレナードは少しばかり考える顔つきになる。
「……了解した。正直そこは飲んでほしかったが」
「残念ながら、できない。ただ、その代わり、陛下が認証した外交団であれば飛空艇を貸し出すことを検討しよう」
そういうとレナードは意外な顔つきになる。
「なるほど、そう来るか。それなら、販売もお願いしたいんだけど?」
「そこまでは断る。また貸出だけでいろいろと規定は作るつもりだからな?それでこの話を飲むか?」
「もちろんさ」
そういうとレナードはこちらに手を伸ばしてくる。
「今後ともよろしく」
「こちらこそよろしく」
こうして、レナードとの話が終了するのだった。
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