第551話 未来の利益

「それで聞くが、どのような条件を結ぶつもりだ?」


 こちらの目的を聞き終えると、レナードは笑顔になりながら聞いてくる。


「特に変哲もない通商条約を予想している、まぁ、そこらへんは陛下に任せようと思っている」


 レナードと同じく俺も笑う。


「通商条約と言っても、輸送手段を握っている君の顔色を見ながら締結されるだろうね、それなのにわざわざ陛下に任せるのか?」

「俺自身が作り出してもいいが、一から十までを俺が作れば反発は必至だろう?ならば――」

「飛空艇に関する部分を全て君が決めて、それ以外を陛下に一任する。そうすることで陛下を通して国の意見が反映されていると思われ、かつ君の労力を減らせる、か」

「アズバン家からしても介入できるよ余地が生まれる。それに異論が?」

「ないよ」


 こちらの言葉にレナードは何の気なしに答える。


「それで、結ぶのは通商条約なのか?」

「ほかにもいろいろと考える部分があるだろう、人の渡来条件や人物管理、物資の検閲、輸送行路などなど。だが、とりあえずは通商条約を結んでしまう。そうして、すでに俺とドワーフたちの間での交渉していることにする」

「なるほど、通商条約を結ぶことで飛空艇を飛ばす下地を作ってから、動き出すつもりか」

「その通りだ」


 今、飛空艇を飛ばす大義名分は俺と人質に依存している。それを無くすために飛空艇を動かす条約を締結し、俺が必要ではなくさせる。そうすることで俺は解放されて、商売が行われるようになるだろう。


「けど、バアル、現状だと、飛空艇を扱えるのは機竜騎士団のみ、そうなると、どちらにせよ通商条約が結ばれても私たちの出る幕はない」


 機竜騎士団は列記とした、軍団。当然、それを民間に使わせるのはまずできない。そのため一見すれば、通商条約が無意味に感じてしまうだろう。


「レナード、ここから先の話は他言無用だ。漏らせば漏らすほどお前が損をするぞ」

「もったいぶらないでほしいね」

「なら、言おう。来年にはイドラ商会で飛空艇を利用した輸送を目的とした商売をするつもりだ」


 そう告げると、レナードの目に戦士の様な何かが宿る。


「飛空艇を売り物にするつもりかい?」


 レナードの言葉は何も本当に売るという意味ではない。だが、その分、貨物や人を運ぶとなると、当然機密の漏洩が大きくなる。それを考えれば、この言葉もあながち間違いではない。


「本当に売りはしないがな。当然、対策も考えている」

「ふむ、それを陛下が飲むか?」

「もちろん、飲ませるつもりだ」


 そう告げると、レナードは目を瞑り、何かを考え出す。


「バアル君の進め方はわかった。だが、同時にいくつか質問がある」

「聞こう」

「まず一つ、バアル君が飛空艇を輸送に使うとしても、それは飛空艇の量産が急務だ。だが、ドワーフたちは現在は君を開放する気はない。これでなぜ来年には飛ばせると考えている?」

「疑問が、ドワーフから解放されるのにはどうするのか、そして量産が間に合うのかの二つになっている気がするが……まぁいい」


 レナードの問いにそう返しながら、背もたれに深く体を預ける。


「まず、俺が解放される手段だが、さっきも言った通り、通商条約、これは何でもいいが、俺が独自に交易用に飛空艇を飛ばせる条件を結ばせる。そしてその後だが、ゼブルス家との交易でひとまずドワーフが一年は持つ食料を販売しようと思っている。その後、俺を開放する、それでいいか?」


 俺は回答途中にジアルドに問いかける。


「こちらも返答する前に一つ問おう。もしバアルの予定通りに動くとして来年には動き出しそうなのか?」

「その通りだ」


 さすがに俺を返してからまだ期間が足りなかったとれば、グウェルドの補給が止まってしまう可能性がある。そのためにこの確認が必要だったらしい。


「では、その条件で解放すると約束しよう」


 これでレナードの質問に答えたことになる。


「なるほど、では次にユリアに関してのことだ」

「何が聞きたい?」

「バアル君は彼女を大使にしようと思っているのか?」


 レナードの言葉に目を閉じながら頷く。


「今回の発端はユリアと言える。そして協力してもらったのだから、その分の見返りは必要だろう?」

「では、アズバン家が協力する見返りはなんだ?」


 アズバン家は当然の様に外交に重きを置いている家、大使の役職をむざむざと取られる気はないのだろう。


「そうだな、食料を優先的に売り出す権利でどうだ?」


 こちらの言葉にレナードが仕草で、続きを話せと促してくる。


「最初、俺が民間を動かすまでは機竜騎士団を用いて、ゼブルス家で食料を販売するが、その後、イドラ商会を用いての輸送が始まればアズバン家に優先販売をさせよう」

「……食料が余っていると思うのかい?」


 レナードが確かめるように問うてくる。


「何を言っている。少し前にノストニアから食料の輸入を始めたと聞いたが?」


 こちらの言葉にレナードは表情を変えない。だが、俺はアルムからそのことを直接聞いているため、間違いはない。なによりドワーフ達が一番欲しがる食料を提供できる地位に着くことになれば必然的にその声の幅が増える。


「俺は飛空艇の使用料、そしてアズバン家が食料を用意できなかった際の余り分での利益、ユリアは自身かグラキエス家の縁者に大使の役職、そしてアズバン家はノストニアから輸入した食料をそのまま流せばいい」

「……食料の優先権と言ったがどのくらい?」

「そこは後々に済まそう。数値がわかっていない状態で話し合っても不毛なだけだ」


 正確な数字を出さないまま話進めれば必ずどこかで不具合が生じる。そのため、こういったことは調査してからの方が効率的に進む。


「では王家の利益はどうだ?さすがに何もないのなら、王家も乗り気にならないだろう?」

「簡単だ。グウェルドとの往来が可能な地を王都に限定すればいい。それに関税も王家に主導させれば問題ないだろう?」


 元々王家は東に鉱物、西に魔獣、南に農業、北に外交というそれぞれの中心にあることで発展した場所だ。そこにグウェルドを繋げられば益を見出せるだろう。


「ふむ、それならば、わざわざゼウラストまで食料を運ぶ必要もないか」

「ああ、それに国外への飛空艇は王都とゼウラストからしか行わないつもりだが、国内は別だ。ちなみにグウェルドへは王都のみだが」


 そういうとレナードは満面の笑みになる。


「その話が本当なら、僕は全面的にバアル君を支持しよう」

「さて、この話に何か異論はあるか?」


 レナードとの話が終わると、視線とジアルドに向ける。


「ない、と言いたいがいくつかある。まず、私たちはネンラールを撃退しなければいけない。それには手を貸してくれないのか?」

「どう思う」

「率直に言って厳しいだろうね」


 話をレナードに振ると、レナードからやや突き放すような言葉が放たれる。


「グロウス王国は当然ネンラールとの繋がりがある。それも殿下が深くつながっているのならなおのこと」

「そして彼らの妨害で食料の販売がギリギリ、ましてやここでネンラールを攻撃してしまえば完全に戦争行為だ」

「それは私たちが頼み込んでも無理か?」


 支援を諦めきれないのか、ジアルドがそう聞いてくる。


独自に・・・傭兵などを雇うなら、話は別だが、正規の軍隊はまず無理だろう。それに機竜騎士団が補給を行っている間は外部の人間の輸送は認められない。仮に認められてもそれらがネンラールの息のかかった傭兵ではないとは言い切れないぞ?」


 俺はそう告げるがやりようがない訳でもない。


「そうか、ならば、そこからの交渉・・・・・・・は私次第という事か」


 どうやらジアルドにもどうすればいいかが見えているらしい。


「ほかには?」

「ある。ゼブルス家とアズバン家が揃って値を吊り上げた場合はどうするつもりだ?」


 ジアルドのこの問いに思わず疑問符を浮かべる。


「一言いいか、グウェルドはグロウス王国の領地ではない。故にネンラールの行ったような値段の上限や製作本数を決めるという取り決めは行えないぞ?」


 要はこちらが値上げをしたのなら、そちらも値段を上げればいい。


「……そうか、そうだったな」


 ジアルドが思わずはっとしながらそういう。


(まだ、独立したという認識が薄いのだろうな)


 ジアルドは確かに昔の王の家系だが、それはジアルドが王だったというわけではない。それなりに教育は受けていても、まだこういった齟齬があるのだろう。


「ならもう一つ、先ほど優先権をアズバン家が持つと言ったが、そこからしか買えないわけではないな?」

「もちろん、と言いたいが」


 視線をレナードに向ける。


「そこについては同意しよう。アズバン家の提示する値段が不服なら、別の者に購入する話を持って行ってもらっていい」

「了解した」


 こうして、大まかな話は纏まり、あとは細々とした話を行い、それぞれの利益が一致するのだった。

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