第547話 余計なモノ

 グラスから話を聞いた翌日、その日は特に何事も起きず、穏やかに休息し、仕事をこなすことが出来た。そして昼過ぎ、自室で待機していると、通信機が反応した。


「父上ですか?」

『ああ、少し前に手紙を届けられたぞ』

「では、動き出せますね?」


 手紙が届けられたことで、用意が整ったと思いそう告げるのだが、通信機の先から少々悩む様な声が聞こえてきている。


『実はな、手紙が届けられる少し前にレナード・セラ・アズバンがやってきていてな』

「……彼の用件は?」


 レナードが何の目的も無く、父上の元を訪れることはまずない。となれば何かしらの話を持ち掛けてきているらしい。


『話は簡潔だった。飛空艇をドミニアに飛ばす際に同行させてほしいというものだ』


 父上の話を聞いても驚くことは無かった。だが――


「……目的は何だと思いますか?」

『それは外務卿としての地位を高めるためだろう。出来立ての国などまさに出番じゃないか。まぁ、どちらかというとバアルにこれ以上立場を危うくされないように牽制、という意味合いもあるだろう』

「同意見です」


 アズバン家からしたら、出来上がったグウェルドを放置しておく選択肢はない。そしてその国に食い込むために、レナードは俺の案に賛同していると思っている。現に賛同したのだから、その分を返せと言わんばかりに父上の元にいるのが証拠と言えた。だが、同時に双方に悪い話ではなかった。


「いいでしょう。レナードに護衛も2名までという条件、そして飛空艇内ではこちらの騎士なしで動くことは禁じることで、一室を渡しましょう」

『うむ、概ね同意見だ』


 父上もこれと似たようなことを考え付いていたらしい。


「それと乗員と荷物についての報告をお願いします」

『ああ、貨物については保存が効く食料を詰め込めるだけ、そして乗員だが、機竜騎士団の操縦士とイゴールの部隊を向かわせることにしている。異存は?』

「無いです。付け加えるなら、リクレガの方はどうなっていますか?」

『少し前からこうなるだろうという手紙を送っている。その返答で三か月までは完全に支援が無くても問題ないという返答が来た』


 既にリックやエウル叔父上と連絡が取れているらしく、そちらも特に問題はないこと。


「では、そのようにしてください」

『ルートはどうする?飛空艇を内陸に向けて運用するのは初だが?』

「そこも問題ありません」


 ルートに関してはすでに道標・・があるため、それに向かう様に飛ばせばいいだけだ。


『国境を越えることになるが?』

「いまさらですね」


 そういうと通信機の先で苦笑が漏れる。


『では、そのように事を進めるがいいな?』

「はい、お願いいたします」

『……アルベールは無事に帰ってきた。バアルも無事に帰るんだぞ』

「もちろんです」


 その言葉を最後に通話を終えるのだった。













 通信を終えるとそれからも変わらず行動する。程よく仕事をし、程よく休息し、ここ数か月で最もゆっくりできた時間が訪れる。


 ドイトリやジアルドから、接触されることもあったが。内容はコンテナや装甲について、グロウス王国での交渉、とりあえずの手付金代わりの渡す財宝は何がいいか、何がグロウスおうこくにとって価値ある物に見えるかなどの話し合いがあるものの、それ以外は普段通りに動くことが出来た。


 そして三日後、ようやく事態が動き出した。














「バアル様、来客です」


 父上から飛空艇が出立したとの報告から三日目、その日もいつも通り穏やかに仕事をしていると騎士の一人が来客を告げに来た。


「誰だ?」

「ドゴエスという名のドワーフです」

「ドゴエスがか?」


 ドゴエスはドワーフの中で将軍と言える地位にいる。そんなドゴエスがわざわざ会いに来る理由が思い当たらなかった。コンテナや装甲なら、話は分かるが、それは現在、ちがうドワーフが担当していると聞いている。そしてドゴエスは現在、ネンラール軍撃退のための総指揮を取っていると聞いていたのだが。


「とりあえず会おう」

「は、連れてまいります」


 騎士に連れてくるように告げて、俺は書類を片付け始める。


(問題がなければいいが)







 それからしばらくして廊下からいくつかの足音が聞こえてくる。そしてノックされずに力強く扉が開け放たれる。


「大変だぞ、バアル」


 騎士を押しのけて扉を開いたドゴエスが、相変わらずの怖い顔で、そう告げるのだった。


「その一言ですべてを理解しろって話じゃないよな?」


 俺は呆れ顔でそう告げるとドゴエスが足早に対面のソファに座ると、何かしらの手紙を見せてくる。


「これは…………バリスタ・・・・か?」


 手紙の中にはやたらと精巧に描かれたバリスタ弩砲の姿があった。


「ああ、それも大きさはそれぞれ建物一つ分というバカでかいやつだな。これをわざわざ持ってきた理由は二つ・・だろう?」

「攻城戦で使うためか、もしくは飛空艇撃墜・・・・・を目的にしているかだな」


 まるで丸太を屋の様に飛ばすバリスタなら、その使用用途は限られる。それも攻めとなれば話は早い。


「で、急いでやってきたのは――」

「飛空艇が撃墜される可能性があるかどうか確かめに来た」


 ドゴエスが真剣な表情でこちらに問いかけてくる。


「その前に、この手紙が届けられたということは、すぐそこまで迫ってきているのか?」

「ああ、この手紙が届けられた時間から考えれば、想定よりも早く奴らは行軍してきている」

「到着までは?」

「予想よりも早く後3日というところだ。それも儂らの予想を上回る速さで進行していることから、これも推定でしかない」


 ドゴエスが、予想外だと言い、続きを述べる。


「この速さの原因だが、奴ら、大型魔獣を使い、大量の食糧と攻城兵器をわざわざ持ってきていた」


 それから同じくいくつかの手紙が渡される。そこには鼻先が鋭い刃の様になっている像や、角だけでなく、両肩までも巨大な角を生やしているサイや、巨大なトカゲの様なものもいると言う。


「道中の削り・・は?」

「それが、少数精鋭を真っ先に出して、こちらの罠をことごとく破壊してきおった。そのため、本体は無傷、精鋭たちに多少の傷と、疲労を与えたぐらいとなってしまった」


 ドゴエスは想ったよりも成果が出ないことに表情をゆがめる。


「敵の進路は?」

「俺たちが用意した一つを堂々と通ってきている。ただ、死守しなければいけない場所にわざわざ部隊を割いて、そこで待機しているから退路を塞ぐこともできない」

「……罠を用意していたんじゃないのか」


 思わず愚痴に出すが、それに対してドゴエスが、すまんとだけあやまるのだった。


「敵の兵糧は?」

「おそらく思っているよりも存在する。大型魔獣を数百頭で使う程、本腰を入れているとは思わなかった」

「数は?」

「人に関してはそう多くない。数にして3万と言うところじゃ労な」


 ドゴエスの言葉に眉を顰める。


「なるほど、そういう事・・・・・か」

「ああ、そういう事・・・・・だ」


 ネンラール軍の見立てが俺とドゴエスで一致する。


「奴らの狙いは兵糧攻め・・・・、そしてそのために」

「飛空艇を打ち落とす準備をしてきたわけか」


 ドワーフが守護に集中すればいい理由は、飛空艇による補給線が存在するから。だがそれさえなければドワーフたちは自然と干上がることとなる。となれば、ドワーフが推定している期間よりもより多くの食料を持ち、相手の補給線断ち切ろうと言う狙いだ。


(補給を断てれば一番、次点で飛空艇を撃墜した後に原理が理解できればなおいいと言うところだろう。もしそうでなくても、純粋に攻める時は攻城兵器として運用すればいいと言うことだな)


 そしてだからこそ効果的だった。ネンラールは野戦に対抗するため、そして罠を警戒できるだけの人員を派遣している。そこに大量の輸送できる魔獣を持ち込むことで大量の食糧も確保する。そうすることで無理に攻めることなく圧力をかけて、相手の動向を見ればいいだけとなる。飛空艇を打ち落とせるならそれでよし、ドミニアを純粋に落とせるならそれもまたよし、もしどちらも無理でも余裕があるうちに退いてしまえば消費もバリスタの矢と食料で済むことになり、被害もほぼ皆無と言える状況での退避なら負けとは言えない。


「どうする?無理して、野戦で壊しまわるか?」


 ドゴエスが飛空艇が撃墜される可能性を考えて、そう進言してくる。


「勝てるか?」

「……わからん。ゲリラ戦ともなれば勝機はあるが、相手が陣を張ってしまえば、攻めずらいじゃろう。なにより、ドワーフは遊撃には向かん種族だからな」


 ドゴエスが自身の足を見て、そうつぶやく。実際、その短足では、何かしらの手段が無ければ人族には速度で勝てないだろう。


「なら、同じくバリスタで対抗すればいい。こっちは物造りのドワーフだろう?」

「そうも考えたが、下手をすれば相手に弾を渡しかねない。それに相手が直接狙える位置にバリスタを置くわけではないからな」


 馬鹿正直にドミニアに向けて発射するのなら、当然打ち返すこともできるのだが、狙いが飛空艇ならば、ドミニアから攻撃が届かない場所からの攻撃は十分可能だった。


「なるほど」

「それで急いで話を聞きに来たんじゃ、飛空艇に何かしら細工してあるのか?それとも策があるのか?」


 ドゴエスの言葉に俺はテーブルの上にある水をゆっくり飲む。


「これが答え・・だ」

「……動揺するほどのことではないのか……」


 ドゴエスがこちらの仕草から、そう読み取る。そしてその答えはまさに俺が言いたいものだった。


「では、いいんじゃな、何の対策もしなくて?」

「ああ。情報には感謝する」

「そうか…………邪魔したな」


 ドゴエスが、視線で本当に大丈夫かと説いてくるので、同じく問題ないと返すと、ドゴエスはゆっくりと退室していった。


「あの……バアル様、本当に問題ないのですか?」

「ああ、というか、どこ・・に問題がある?」


 ケートスは様々な用途に使えるように設計してある。当然、魔物の襲撃や地上からの・・・・・襲撃にもだ。


(問題は攻撃に対処する際に貯蔵している魔力を消費していることにあるが、今回に限ってはそれも問題ない・・・・


 俺は頭上・・を見上げながら、再び水を飲むのだった。

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