第536話 得る者への不満

「その答えは国の来賓・・・・を見捨ててですか?」


 グラスの答えが予想外だったため、険しい声になる。


『連れて行った君が言うのか』

「いえ、ユリア嬢が招待してくれたので安全と判断したまでです」


 そういうと通信機の先から苦笑が漏れてくる。


『それで君への悪評をユリア嬢に向けるつもりか』

「ええ、彼女に相当な見返りがあるので……それよりもなぜ、難しいかをご説明ください」


 今回の反乱に手を貸す利益と、ネンラールに対する言い訳はすでに用意している。それならば、乗らないはずはないと思っていた。


『いろいろ言いたい部分はあるだろう。だか国内に二機しかない飛空艇をネンラール、それも反乱真っただ中に送り込むのに反対の声が多すぎてな』

「まさか、とは思いますが、反乱に助力することの利点を理解していないわけではないですよね?」

『ああ、ドワーフの技術にネンラールの国力低下、それに国交があるアジニアの助力、ざっと上げればこれだけのものが手に入ることはよくわかっている』

「では、なぜ」

『難しいと言ったのはバアル殿への不満・・だ』


 グラスの言葉に一瞬だけ固まる。そしてその意味にたどり着く。


「…………」

『バアル殿、少々飛空艇を身勝手に使い過ぎだ。少し前からほぼすべての貴族から、飛空艇について聞かれて、できれば使いたいと要望が来ている。なのに、それらを無視して、ドミニアとの交易に使おうと言うのだ。国内の反感は相当なものだろう』


 自分たちだけ使えないことに国内の貴族が反感を持ち始めたという。


「リクレガの件があると言うのに何をいまさら」

『それがあるからこそだ、最近はゼブルス家が利を得過ぎだ。少しばかり不満が高まってもおかしくない』


 そういうと、再び苦笑が漏れてくる。


『まるで七年前のようだな』

「魔道具事件ですか……その時の様なことが有るとは思わないのですか」

『あれから時間が経ちすぎた、あの時のことを覚えている者もいるだろうが実感は薄れてきているよ。そしてだからこそ難しい・・・


 ここでグラスが放った言葉の意味を知る。


「不満を持たれてはいるが、先の件で私を止めることはできない。そして目に見えて利益もある、が」

『国内からの反発は必至、となればゼブルス家を敵視する貴族も増えるだろう。だが王家としてはその不満に耳を傾けないわけにはいかない』

「つまり、飛空艇の許可を出してもいいが、その不満を解消する案も出せと」

『その通りだ。もちろんグラキエス家を悪者にして許可を出してもいいが』

「それだとその後の取引が私の主体になるため、どちらにせよ不満はこちらに向きますか……」


 発端はユリアだろうが、その後、俺が莫大な利益を得ているなら同じことだという。


「まだ、ユリア嬢がそちらに着くまで時間があります。その間に根回しで賛成者を作り出せないのですか?」

『なら、多少の実りを与えてやれ、そうでなければ、奴らは納得しないぞ』


 パイを独り占めする奴らには奪おうとするが、少なくとも分け合ってくれる仲なら何もしてこないと言う。


『もちろん、王家では飛ばしてやりたい、だが三つの公爵家とその派閥が抗議してくるのなら、さすがにその言葉に耳を傾けなければいけない』

(結局は分け前を寄越せと言うことか)


 出る杭は打たれるとあるが、今回のことはまさにそれだった。


「率直に聞きます、要求は?」

『要求ではないが……交易の主導権を貰えるのなら、王家の威信にかけて他家を抑えよう』

「論外です。なにより飛空艇をこちらが運用する時点で主導権も何もないでしょう」


 飛空艇を俺が扱う時点で主導権を得られても、俺の意思一つでどうにでもなってしまう。そうなれば良好な王家との関係も悪化しかねない。もちろん飛空艇も譲るなら話は別だが、当然権利を放棄することはまずない


『なら、どうする?』

「……グロウス王国とグウェルドの定期便を用意します。それの人と物資の移送を完全に王家に譲渡します。それでいかがでしょうか?」

『定期便と言うが、間隔は?』

「まず、当分は運用はできません。それこそ最初の期間はほとんどが支援になります。できるとして、その後です」

『先が不明な条件を出したと?』


 通信機の先でグラス殿の不機嫌な声が聞こえてくる。


「これがご不満なら、正直、現状こちらから提案できる案は多くありません。かといって、そちらからの要求は飲める部分は少ないです」

『ではどうすると?』


 グラスの言葉に少々考えある決断を出す。


「……今はゼブルス家のみで事を運ばしていただきたい」


 こちらの言葉で通信機の先から呻く音が聞こえてくる。


『納得すると思うか?』

「今はさせてください。言い訳など、来賓を助けるため、そしてその際に見出したドワーフたちとの交易で問題ないでしょう?その代わりに恩恵を確実に分け与えられるようにしますので」

『……口約束では誰も納得しない』

「では、今回の件を全てゼブルス家、ひいては私の独断ということでお願いしたい」

『本気か?』

「ええ。それに、現在はリクレガとの往復にしか使われていませんが、それをいかに使おうとも問題はないはずです」

『総指揮権は陛下にある』

「つまりは陛下だけが采配を振るえるはずです。もしここで周囲が反対しても、先々利益になるのなら、陛下に先見の明があることの証明になります。そして、もう一度考えてみてください、飛空艇を飛ばすことでグロウス王国に与えられる利益を。それでも頷けませんか?」


 周囲が何を言っても結果がついてくるなら、ひとまず黙らせられる。問題はその結果が出なかった時だが。


「私は、その不満を受け入れます。そして必ずその不満を解消すると約束いたしますので、どうか許可をいただきたい」

『……わかった』


 こちらの言葉でようやくグラス殿が折れてくれた。


『だが、飛空艇を動かして出た不利益は、全てバアル殿の責任になる。それをもう一度踏まえて確認をしておこう』

「構いません。こちらでもその不満を解消する策を練ります。もし強引な手段を取られるならば、こちらで対処致しましょう」

『結局は七年前同様、そちらで解決する、か』


 今度はグラスの懐かしんでいる声が聞こえてくる。


『ただ、一つだけ懸念点がある。国が用意している貯蔵分については一切の使用を認めない』

「わかりました。それで構いません」

『では、出た損害は全てバアルに起因すると言う条件で、飛空艇をドミニアまで飛ばすことを許可する。それと、現状では俺の言葉だけだ、後日こちらから連絡し、その時にしっかりと陛下から告げられるように手配しておく』

「ありがとうございます」


 こうして、まだ実ってもない苗木を争奪することもないと、俺が独占することになった。


(不満は受け入れる。それを解消するにしても押さえつけるにしてもやりようはある、が)


 通信機を切り、夜空を見上げる。


(何かしらの対策を立てておいた方が良さそうだな)


 雲の切れ目から見える月を見ながらグラスを傾けて、今日が過ぎるのだった。













 父上とグラスに話を通し終わった翌朝。


「ふっ」

「ほっ」


 コン!!


 それぞれの息が聞こえると、心地いい木が打ち付けられる音が聞こえてくる。


 今何をしているのかというと――


「ほら」

「っっ」


 カカコン!!


 勢いよく振られた棍がこちらに迫ってくるので、次の連撃を予想しながら、同じく手に持っている棍で防ぐ。


「よし、流れる様になってきたな」


 目の前でマシラが感心しながら頷く。


 今いるのは宿泊所の中庭で、そこでマシラに棍術を教えてもらいながら、軽く運動していた。


「しかし、何もしなくていいのかい?」

「ああ、どちらにせよ、この後で俺から動かなくてはいけない部分はない」


 コン!


 棍を打ち付け合い、脳裏で今後の予定を確認するが、動くとしてもユリアがグロウス王国へ着いてからとなる。


(しかし、他の貴族の不満を解消する方法か)


 コン!


(飛空艇をやるというなら話は早いが、それは自分の首を絞める行為。また飛空艇を売りに出すことは、ノストニアの契約で出来ない)


 カン、コン


 続けさまに来る連撃を防ぎながら、思考を続ける。


(交易に噛ませるにも飛空艇の数が少ないため、現実的ではない。行うとしてももっと、数が揃ってからだが)


 コココン


(しかし、飛空艇のことで不満を持たれても、どちらにせよ数が少なすぎて、どうにもできない)


 ゴ!!


 強打を強引に棍で軌道を逸らして、避ける。


(はぁ、本当に不満をそのままにして国の利益にだけしてやろうか?)


 思考が微妙に怒りに向いたことで富をむしろ王家と俺にだけにもたらしてやろうかとも思い始める。


(今、貴族たちからは飛空艇を使いたいとの要望が来ている。どちらにせよ飛空艇の数が少ないためまだまだ先になる。つまりは――)


 ゴン!!


 振るった棍がそのまま床石にひびを付ける。


(結局は嫉妬と妬みによる足の引っ張りだろうが……だが、王家としてはそれを解消するため尽力しなければいけない。それに指揮権は陛下が握っている、やめろと言われれば止めなければいけないから、また問題――)


 ヒュン!!


「ちっ」


 思考に浸り過ぎたのか、隙を突かれて、避けられない棍が振られ、それを腕を構えることで防御する。


「稽古中に考え事とはいい身分だな」

「それはすまない。少しばかり、考え事をしていてな」

「下手に弱くなることはやめてくれよ。じゃないとあの子に嫌われる」


 アシラの方向を向いてみると、そこにはリンの膝に座りながらこちらを見て、口を半開きにしているイオシスの姿があった。


「バアルも情けない姿を見せたくないだろう」


 マシラの言葉に肩を竦めながら、棍を受けた腕を軽く振り、再び構えようとする。


「失礼いたします!!バアル様、お客様がいらっしゃってます」


 中庭に入ってきた、騎士の声で俺とマシラは共に構えを解く。


「誰だ?」

「ドイトリというドワーフの方です」

「……少し待つように伝えろ」

「は!!」


 騎士は伝言を伝えに去っていく。


「なんだ、模擬戦は終わりか?」

「ああ、いい区切りだろう」


 そういうとマシラは中庭にいる誰かに続きをやらないかと声を掛けはじめる。


 それを尻目に中庭を出て、俺は着替えてからオーギュストとティタを連れて、ドイトリに会いに行く。


(さて、また、変な厄介ごとでなければいいが)


 そう思いながらドイトリが待っている部屋に足を踏み入れる。

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