第535話 事前の会議
ユリアがドミニアを去った日、全員に一通り現状を説明し終えると、すでに日が落ちる時間になっていた。そのためティタに解毒してもらった食料で夕食を済ませると現状動く必要がないため、各々が宿泊所内で自由に過ごすことになる。
そして俺は自室でゆっくりとしているのだが――
すぅ~~~すぅ~~~~
「気持ちよさそうに寝ていますね」
「余計なのが
自室のベッド寝息を立てているのはイオシスと
「さて」
俺は部屋の中に視線を巡らせる。そこに護衛のノエル、エナ、ティタ、オーギュストだけしかいないことを確認すると、『亜空庫』を開く。
『亜空庫』から通信機を取り出すとスイッチを入れる。
『――、バアルか?』
「久しぶりです、父上」
通信機から、久しぶりの声を聞く。
「いま、大丈夫ですか?」
『ああ、少しだけ待っていてくれ』
それから何かが動く音が聞こえてくる。
『バアルなの?』
『ああ、少しばかり、叱ってくるよ』
『ふふ、あまり怒っちゃだめよ』
『わかっているよ』
「…………」
両親の寝室での会話など聞きたくない。そのため、それから聞こえてきた、キスらしき音には何も触れない。
そして歩く音と扉が開く音が聞こえてきて、ようやく父上の声が聞こえてくる。
『それで?』
「まず、アルベールは帰ってきていますか?」
『ああ、何やら孤児たちを連れてな。一応手紙を見たが、正直よくわからなかった』
「こちらの要望は?」
『孤児たちはゼウラストの孤児院に預けて、当分の間、そこに護衛を派遣している。そしてもう一つのケートスも
「それは上々」
俺がアルベールに持たせていた手紙には、以下の三点の指示の様な要望を記載していた。一つが、ヴァンの孤児たちの処遇。事情が事情なため、孤児院に入れた後、当分の間守護する必要があった。そしてもう一つが、飛空艇の確保だ。現在はリクレガとゼウラスト間で運用しているケートス二機しかないため、うまく使わなければいけない。
『ただ、今は二機とも飛行中だから、すぐには無理だ』
「なら、遅くても四日後に一機を確保できるわけですか……」
ユリアの日程を考えれば十分だった。
『それよりもバアル、飛空艇を押さえてほしいとは聞いているが…………肝心の何をしているかの記載がないんだが?』
通信機の先から父上の本当に嫌そうな声が聞こえてくる。
「実はですね――――」
そこから掻い摘んで説明する。ドワーフたちが反乱を起こしたこと、そしてそこで人質になっている事、そしてその際に利点があること、ユリアが今帰還中のことを。
「ほかにもドミニアに至る前にも様々なことが有りましたが、そちらも報告しましょうか?」
『…………ああ、もう好きにしてくれ』
通信機の先で両手で顔を覆っている父上の姿が見えてくる。
「へぇ、本当に
『ちょ、ちょっと待ってくれ、今のは、ほんのため息ついでか』
俺の言葉に本気を感じ取ったのか、父上は急いで言葉を修正し始める。
「それと、今年の豊作具合、そして貯蔵量も教えてくれますか?」
『まだ、収穫は始まっていないから、試算結果になるが?』
「それで構いません」
『まず、麦だが―――』
それからゼウラスト、ひいては南部での収穫予定量をそれぞれの品目で説明される。
『――、ということで例年の平均よりも少し上回っている程度だ』
通信で伝えられた内容を頭の中で吟味する。
『でだ、話が本当なら、これらを渡すと言う事か?』
「いえ、そんな勿体ないことはしませんよ。新作よりも保存ギリギリの食糧を
ゼブルス家でも食料の貯蔵をしているのだが、貯蔵と言っても限度がある。そして今、食うにも困る国があるなら、当然捨て値が高値に早変わりだ。
そして同時に、俺はただで売るつもりはない。当然、取れる部分から取るつもりだった。
(アズバン家はノストニアから食料を輸入し始めた、なら、少しばかり需要を広げとかなければ値崩れする)
あることに越したことは無いが、あまりにも豊作すぎると作物の値段が崩れる。そうならないように輸出口を用意しておくこと必要だった。
『はぁ……それでそっちは大丈夫そうなのか?』
「ええ、無事は確保しています。それに最悪の場合は全員を連れて逃げますよ」
『ならいい、それとこのことは誰かに伝えたか?』
「いえ、この後、グラス殿に連絡して、
父上に話した後は、次に陛下とグラスに話を通しておく必要があった。
『そうか、気を付けて帰ってきなさい』
「……ええ、もちろんです」
『それと、これ以上危険なことはしないでくれよ』
「それは保証できません」
『え!?』
最後の驚きの言葉を聞きながら通信を切る。
「あの、今の切り方は、その当主様に失礼かと」
粗雑な切り方にノエルはおずおずと申し出てきた。
「ノエル、父上の最後の言葉は『これ以上危険なことはしないでくれよ』だ」
「はい?」
ノエルは当たり前すぎて、何を行っているんだと言う風に首を傾げる。
「これに『はい』と言ったら今後こう言った行動がとれないだろう?」
言葉の取りようによってはこれ以上の危険に首に突っ込むなとも取れるし、これ以降危険なことをするなとも取れてしまう。それも言葉に込めた意味は父上にしかわからないため、どちらでもいい様に取れてしまう。
「え、そんなことで?」
ノエルはこちらのやり取りに驚く。
「父上も、
普段、どうにも気の抜けたおじさんに見えるが、こういったところはさすが貴族と言えるほど、きちんと押さえてくる。
(そう考えると、普段のいい加減な姿もある種の擬態とも言えるか)
父上のいい加減さを突いて何かしてこようとして、逆にやり込められた場面を何度も見たことが有る。こういったことも平気でしてくるだろう。
「…………」
「意外か?」
「あ、いえ、その」
ノエルの態度がそうだと言っているようにも感じられた。
「さて、次だが」
今度は通信先を変えて連絡する。
『……誰だ?』
「私です、グラス殿」
『バアル殿か?』
通信先は近衛騎士団団長であり、影の騎士団の団長でもあるグラス・セラ・シバルツ。
『ようやく連絡してきたか』
「ええ、それでご報告と今後について話を行いたいのですが、その前に」
『こちらでどのように把握しているかか?』
「その通りです」
話を進める前に情報のすり合わせが必要だった。
『では、そちらから説明をお願いしたいが』
「いいでしょう、どこからの説明が必要ですか?」
『時間があるのなら、最初からだ』
「では―――」
そこから順を追って説明する。
ユリアの仕事の話を受けて、ネンラールの大会を見に行ったこと、そして大会の最中にヴァンに出会い、その後襲撃を受けたこと、そしてその襲撃からドワーフが首謀者である確率が高いこと。そして襲撃からドワーフとカーシィムの狙いに気付いたこと。そしてユリアと共にドミニアの地に訪れて、予定通り反乱が起きたことを。
「
『こちらの情報で掴んでいる部分と同じだ。ただ、予想と違うのはバアル殿が来賓をドミニアに連れて行ったことだけだな』
「そこのご説明も必要ですか?」
そう聞くと、通信機の先でため息が聞こえてくる。
『いやいい、しかし本当に反乱が起こるとはな』
「おや、王城で“ドワーフたちのネンラールへの不安が高まっている”と言っていたではないですか」
俺はネンラールに来る前にグラスからその情報を受け取っていた。そしてだからこそドワーフの反乱に結び付けることが出来ていた。
「ただ、一つだけ疑問が、なぜ、その情報を知ることが出来たのですか?」
『諜報の方法を漏らせと?』
「いえ、答えられないのなら、それで構いません」
さすがに諜報機関に情報を漏らせと言えるはずがない。
「さて、では本題ですが――」
『飛空艇をドミニアまで飛ばす許可が欲しいのだろう?』
「ええ、その通りです」
グラスはルナから情報を得ているはず、ならばこちらの要求する部分も知っているだろう。
『結論から言おう、
だが、聞こえてきた答えに眉を顰めるのだった。
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