第534話 建前上の人質

 反乱について全員が、同じ方向を向き始めたことでようやく話し合いが進む。


「ではまず、今後の動きについてだが、ユリア嬢に関しては祖国へと戻ってもらう」

「……大使と言いたいところですが、純粋な伝令役ですね」


 ジアルドの言葉にユリアは苦笑しながらそういう。


「ええ、なにせ私達だけが会談しても何も進まないでしょう」

「そうですね、では今すぐに?」

「いや、一晩待ってもらいたい。こちらで手紙を作成する時間が必要だ」

「俺もだ」


 ユリアの言葉にジアルドと俺がそう答える。


 さすがにこの場ですべては決めきれない。ここで決められるのは、せいぜいが本格的な話し合いの場を整えるだけ。いうなれば手筈を整える段階だ。


「ちなみにユルグ様たちはどのように?」

「あちらも明朝、最低限の食糧を預けて、この町から追放する。なので彼らと共に南下して、そのままグロウス王国へ帰国をしてもらいたい」

「わかりました。それでその後ですが―――」


 それから俺たちは話を合わせる。










 まず、俺に関してだが、ユリアが再びこの地を訪れるまではこのドミニアに留まることになる。そしてそれは俺が連れてきた来賓も同様な処置がなされる。


 次にユリアだが、先ほどの話に合った通り、彼女は翌日、このドミニアから解放されて事態をグロウス王国へと伝令する役目を負う。その際に彼女が用意した騎士たちが同伴することになり、先日捕らえたユルグ達、ネンラール貴族も一緒に最も近い貴族領地に送り届けられる手はずになっている。


 そして肝心のドワーフたちだが、彼らはにべもなく、このドミニアの守護と周辺の制圧や同胞の解放、防御陣地を造るなど軍事行動がとられる。


 ただ、それより先の話はさすがに俺やユリアレベルの地位では、荷が重いため、本格的に国が頭を用意してからとなる。


「では、よろしく頼む」

「ああ、事が上手く運ぶように尽力しよう」


 俺とジアルド、そしてユリアとジアルドが握手をすることでひとまずの階段は終了した。
















 その後、やや長話になったらしく陽が落ちることに、ユリアだけが宿泊所に戻り、俺だけが領主館に残ることになった。


「……一つ聞きたい、なぜあいつら・・・・を連れてきた?」


 自室で用意された酒(毒の確認済み)を飲みながら、街の風景を見ているとティタが問いかけてくる。


「なぜ、か。答えは簡単だ、罠を用意するには目に見える餌が必要だろう」


 言う通り、本来なら、クラリス達は連れてこないほうがいい。なにせ、彼女らが取り押さえられたら、それはかなりの有効札として機能してしまうからだ。


「あいつらはユリアを信用した証拠でもあり、俺が見せているわかりやすい弱点だ。それを突かれてしまえば俺は言うことを聞くしかないだろう」


 わざとらしく言うと、ティタはそれは危険に合わせてもか、という視線を送ってきていた。


「そうだな、利点・・もあるが欠点・・もある、だが安心しろ。もとより、保険・・は用意してある。あいつらはグロウス王国の重い腰を動かすテコであり、ちょうどいい、言い訳なんだよ」


 俺一人人質を取られた時と、俺と来賓多数ともなれば、ネンラールに対する言い訳の重さが違う。それこそネンラールに懇意にしてる東部の貴族たちだって、このことを知れば話は変わるだろう。


「……なら敵にもなりえるのか?」

「ああ、だから簡単に気を許すなよ。笑顔で近寄ってきて、首をかっ切られても俺は知らん」


 そうさせないために、あの宿泊所に一番の強者とも言えるダンテや、一番信用できるリンを置いている。協力的な手前、そんなことはしないとは思うが、本当にあちらが手を出してきて手遅れでしたでは、遅すぎる。


「それに俺の悪評は全てユリアに向くだろう」

「だが同時に手柄も取られるのであろう?」


 オーギュストの言葉に肩を竦める。なにせオーギュストの言う通り、俺はユリアに嵌められたという形にしてしまえば今回の策はユリアが描いたと思わせる必要があるからだ。


(しかし、本当に気付いていないとは思わなかったな)


 今回の件、事情を理解すると俺が失敗したと言うよりもユリアが俺を嵌めたという見方の方が強くなる。その理由だが、今回の行動で誰が最も必要としていたかと問われると、俺よりもユリアが浮かび上がるからだ。


(それに俺はユリアに部下を行かせることを一度仄めかした。だがあいつはそれを断り俺に来てほしいことを頼み込んだ。それを考えればユリアに嵌められた構図が出来上がりやすい)


 審判の裁像で言葉が証拠になるグロウス王国ではこの点は大きい。もちろん、こちらは不安要素があることは知っていたが、ユリアがその情報を掴んでいないとは思っていなかった、と言えばユリアを信用して、裏切られたという構図が出来上がるだろう。ただ今回のことに関しては、グロウス王国の聴取は最低限で終えて、すぐに実りを得ようとするだろう。そうなればこちらへの追及もほとんどなくなると思っていい。


(ただ、あそこまで気付かないとなると、本当に鈍く・・なったな)


 なぜユリアが反乱が起きるまで、そして俺が諭すまで、ユリアの思考は鈍かった。


「恋は盲目というやつか?それに明確な恋敵がいるとなればやや荒れるか」


 ユリアも最初はイグニアの勢力を削ぐことに繋がるという考えに至っていた。よくよく考えれば、自身が掌握しジェシカに干渉されない勢力にできるにもかかわらずだ。


(下手な、失敗をしていなければいいが)


 ユリアに対して一抹の不安を感じながら俺は酒を呷り始める。












 そして翌朝、ユリアとユルグの集団は揃ってドミニアから離れることになった。その後、俺は何時までも領主館に留めておくわけにはいかないため一度宿泊所に返される






「それで昨日は帰ってこなかったのね」

「まぁな」


 俺は同じ部屋にいるクラリスにそう告げる。


「なら、今の私たちは建前では・・・・人質なのね」

「その通り」


 現在は昼頃、すでにユリアに手紙を渡し、ユルグ達と共にドミニアの地を立っていた。そしてその後は俺は戻されて、今は宿泊所に待機している。そして帰ってすぐにクラリスに捕まり、事情を話すことになっていた。


「で、聞くけど、私たちは無事に済むの?」

「ああ、ユリアがグロウス王国に戻れば、その後、飛空艇を使用して、食料と共にやってくるはずだ。そしてそこで来賓と食料を交換する手はずになっている」


 そうでなくても保険は生きているため、逃げられる確率はかなり高いままだ。


 それを伝えると、クラリスはグラスを手に持って動きを止める。


来賓・・ってことは、バアルはまだ残るつもり?」

「ああ、それなりの期間は此処にいたほうがいいだろう。なに、俺だけならすぐに帰れる」


 ネンラールの言い訳のために重要人物は残るべきだった。


「そう、でも、今回はバアルの負け・・ね」

「というと?」

「だって、今回の件はユリアに嵌められたんでしょ?なら、負けじゃない」


 クラリスには掻い摘んで現状を説明したただけ、そこから導き出した答えがやはりこれだったらしい。


「そうか?」

「ええ、だってユリアの行動ってドワーフの反乱を知ってて、うまくバアルを誘導してから本格的に独立させる。そして新たな国で重要な地位に着くでしょ?それもバアルは交易に飛空艇を使われるから、いい条件で取引できる、ほら、ユリアにうまく踊らされたって感じじゃない」


 クラリスはそういいながらグラスの中の酒を呷る。


「まぁ、普通は・・・そう見えるよな」


 事情を詳しく知らない限りはクラリスの見方が一般的になるのだろう。


 だが、実際は違う、最初はドワーフとカーシィムとアジニア皇国が画作し、それにユリアは上手く巻き込まれたという形だ。


(ドワーフは独立のため、アジニアは防衛のため、カーシィムは王位のため、そして後付けだがユリアは立場のため、この反乱に乗ったのだろうな)


 正確にはユリアは取引の様な形になったがな。


 キィ

「あーあ~~~!!」


 しばらくグラスで酒を楽しんでいると、扉が開き赤子の声が聞こえてくる。


 テテテ、トッ


 イオシスが軽やかな足音を立てて膝に飛び乗ってくる。


「……だいぶ慣れたようだな」

「ええ、一番はリン、二番目はエナね。あといい感じにヴァンにも懐いているわね」

「孤児で扱いは慣れているだろうからな」

「あぅ、ぅ~」


 膝の上で座り直すとイオシスが後頭部をおなかに預けてくるので、その頭を撫でる。


「間違えたわ、一番はバアルね」


 クラリスのその言葉を聞いてイオシスが目を細めるのを見てから、そうかもなと言葉を漏らすのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る