第537話 三日という危険期間
「おぅ、邪魔しているぞ」
オーギュストとティタを連れて、ドイトリのいる部屋に訪れると、楽な格好でくつろいでいるドイトリの姿があった。
「今が大変な時だと言うのに呑気なものだな」
窓の外に視線を向ければ、まだまだ喧騒としているドミニアの街並みが見える。
「今は
少し前にドミニアの人族を追い出している光景を見ている。それにユリアも、ここの領主であったユルグも追い出している。それを考えれば、今は都市の中の洗い出しの真っ最中なのだろう。
「そうじゃの市民の退避命令は後、二日で終わる予定だ。だが同時に
ドイトリはそういうと下ではなく天井を見上げる。
「
ドイトリの対面に座りながらそう告げる。
子供たちを助けに行った三日間、これが実は意外に怖い期間だった。なにせ俺がハルジャールから出る時にカーシィムからほかの王子が反乱について知ったと伝えられている。
当然、100人の移動とごく少数の移動では後者の方が速い。俺たちの出立に合わせてそれらを送っていれば十分に俺たちよりも先に送り込むことも可能だろう。
さらにはドワーフたちの退避が遅れたことで三日という猶予も生まれた、その間にさらに送り込んだ可能性もなくはない。
(
俺たちも道中の食糧の不安を理由にできる限り急いできていた。それこそある程度の間者は仕方ないと踏んでいるだろうが、何かしらの工作をするのに三日なら十分すぎるほどの期間だった。そして相手にドワーフの反乱が知られているならなおのこと。
「そうとも言えるが、儂らは後悔はしていない」
「負けた時に同じことを言えればいいがな」
そういうとドイトリの表情は歪む。なにせ俺は協力をしているが助け出されれば、その時点でドワーフを切ってネンラールに着くことが出来る。もちろんいい顔はされないが、あちらは何も言えないはずだ。
「嫌なことを言わんでくれ」
「仕方ない、俺はそういう立ち位置だ。それで、今日は何しに来た?」
「一つ、忠告だ、これから4日間、お主と
「……掃除か?」
「ああ」
人族の建物や重要施設に何か仕掛けられているのか、総点検するらしい。
「いつかやると思っていたが、退避しているうちに行うのか」
「その方がはっきりとするだろう」
ドイトリの言葉を聞きながら、テーブルに置いてあるグラスを手に取る。
「一応聞くが、何をするつもりだ?」
「何、簡単な事じゃ。人族が住んでいた住居を完全に潰す」
ドイトリの言葉に、残念ながら驚きはなかった。
「なるほど、早く避難しろという圧にも成り、もう済む場所がないという警告でもある」
「それに何か仕掛けられていても、すでに瓦礫の山にすれば話は別じゃろ。なにより地下通路を作っていたとしても上に家の残骸があれば入りにくいし、出にくい。岩の上にモグラを逃しても潜ることはできん」
ドイトリの言葉を聞きながら、グラスに注がれている酒を楽しむ。
「それでほかの場所は?」
「工房などは儂らの方がよくわかっている。全て総点検するつもりじゃ」
「なら、そっちは動かせるのか?」
俺の言葉にドイトリは疑問符を頭の上に浮かべる。
「どういう意味じゃ?まさか武器製造に何かあるのか?」
「いや、確認だけだ。飛空艇を出すにあたって、俺も国内の貴族をできるだけ納得させなければいけない」
「…………儂らに貢物を出せと?」
ドイトリが不機嫌な表情をする。
「いや、俺も健全な商売以外はしたくない。袖の下など後々になって遺恨しか残らないことは理解している」
「じゃあ、なぜじゃ?」
「いいか、俺は全力でお前たちと交易するべきだと主張するつもりだ。その材料は多ければ多いほどいい。だがその材料を減らすようなことが有ってほしくない」
こと、戦時中に置いては様々な物が破壊される。それが生産施設となれば、国内から交易される価値が無いと言われる可能性があった。
「……工房は何かあった際にたてこもれるように造っている。戦争で壊されることはまずないとおもっていい」
「なら、心配しなくていいな」
俺はそういうとグラスをテーブルに置く。
「そっちに儂らとの取引に懐疑的な者がおるのか?」
「ネンラールと繋がっていた連中はまさにそれだろう」
東部の貴族はネンラールとのつながりはかなり強い、それを考えればそいつらからの支持はまず受けられない。それも鉱山をもっている貴族ならなおのこと。
「……ふむ」
「まぁ、この話は後に回そう。それで、他には?」
「いや、これで全部じゃ」
ドイトリはそういうとグラスに注がれている酒を全部飲み干す。
「これまた酒精が薄い酒じゃな」
「ドワーフを基準にしてもらっては困る」
ドイトリは飲み干すと、グラスをテーブルの上に置く。
「さて、では――」
「出る前に一つ聞きたい。ドワーフが反乱を起こした理由は何だ?」
ドイトリから去る気配を感じると、一つの疑問をぶつける。
「む?聞いていないのか?」
「ああ、ドワーフ内での不満が高くなり、アジニア皇国とネンラール戦争が起こり、好機を得て反乱したそれぐらいだな」
大体の予想は付くが、決定的な部分は知らない。
「ふむ、まぁ長くなる話でもないだろう」
ドイトリは浮かせかけた腰を深く下ろし、ゆっくりと口を開く。
「始まりは50年ほど前だ、ネンラールを起点にグロウス王国や東方諸国全体で、4年ほど続いた酷い大飢饉のときがあった。そのころにはどこもかしこも飢えに喘いだ。かくいう儂もだ、今はこんななりだが、そのころは本当に骨と皮だったんじゃよ」
ドイトリは腕を捲り、自慢する様に告げる。
「資料で見たことが有る」
ゼブルス家の収穫量で最低を記録した時期がまさにそれだった。
「しかも、ドミニアは見ての通り、草もろくに生えない地形じゃ、外で食料が取れないなら、当然、ここに回ってくるわけもない。当時はいろんなものを売って暴騰した食料を買うのに苦労したわい」
ドイトリは本当に悲しそうな息を吐く。
「当然、ネンラールで餓死者が多く出て、儂らはその数倍の死者が出た……それが不満の始まりじゃ」
ドイトリはグラスを割らないように、かつ強めにテーブルに打ち付ける。
「ただでさえ、食料が少な土地だと言うのに、食糧を絞られれば、まず餓死者が出てくる。この時点ではまだ儂らは仕方ないと思っとった、なにしろどこも飢えているというのに、自分達の不満だけを高らかに言うつもりはなかったからのぅ」
ドイトリは力なく笑う。その時だけを見ればこれは誰が悪いともいえないからだ。
「だが、その時にドワーフのとある女性が立ち上がった。それが
(確か、決勝戦の後にドイトリが漏らしていた
その名について心当たりを見つけるが特に聞かず、そのまま話を続けさせる。
「その女性は儂ら同世代の姉の様な存在であり、憧れの存在じゃった。それこそ儂やジアルド、他の大勢が
ドイトリは懐かしむように目を細める。
「だが、彼女は飢饉が始まると、ひっそりと姿を消した…………そして彼女のおかげで儂らがここに居られる」
その言葉の後、ドイトリの怒気と言う物が膨れ上がる。
「で、その女性はどうした?」
「彼女は―――」
ドイトリは本心では語りたくないのか、口を重くしながら話を始める。
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